文化


ピックアップ

中国人の茶のたしなみ

工夫茶 茶の味に就いては支那人は中々よく會得してゐる。左の記事は淸朝のむかし梁茝林中丞が茶の名産地たる福建の武夷に遊び、天遊觀に宿かりて靜參羽士から聞いた...

近代日本の中国茶見聞録

幕末・明治・大正・昭和前期

第2回 都市空間の社交場としての茶館・茶園 前回は日本が開国してから中国に渡航できるようになってから日清戦争に至るまでの30年ほどの間に書かれた日本人の中国見聞録に...

日本の茶業界が「生き残りをかけた戦い」

官民連携で新品種を育成

今なお、茶産業は日本の伝統産業の一つと見られているが、舞台裏では業界の生き残りをかけた「品種革命」が始まっている。 このほど、日本の飲料大手・伊藤園は、埼玉県茶葉研究所...

小泉武夫 東京農業大学名誉教授・発酵学者

日中発酵茶礼賛

先ごろ、本誌編集部は、東京農業大学名誉教授で発酵学者の小泉武夫氏を研究室に訪ねた。扉を開けると、84歳の小泉氏は満面の笑みで迎えてくださった。本誌記者は、自ら仕立てた熟成...

新着記事

日本における茶文化継承の取り組み

毎年、立夏を過ぎる頃になると、日本列島は「新茶の季節」を迎える。忙しくなるのは茶農家だけではない。小学生や幼稚園児も袖をまくり、小さな籠を腰にぶら下げて茶畑へ向かう。日本...

末茶源流 (一)

何時(いつ)であったか、浅井了意の『東海道名所記』を繙(ひもと)いていると、武蔵の国保土ヶ谷(ほどがや)の町はずれ焼餅坂の下の焼餅を売る茶屋を現わした挿絵に、茶筅(ちゃせ...

明の太祖・朱元璋の一通の勅令が中国茶史を変えた

中国封建社会最後の漢民族王朝である明王朝を語る際、人々は建国皇帝・朱元璋に対して、貧しい出自や、天下統一後の苛烈かつ迅速な統治、そして汚職を激しく憎んだ人物という印象を抱...

光圀公と初音茶物語

徳川御三家水戸藩の二代目藩主徳川光圀公は誉れ高き人物であった。 そもそも水戸は御三家ではないと言ったのは司馬遼太郎氏である。司馬遼太郎氏によれば、「御三家は徳川宗家、尾...

中国茶の豆知識

第2回:日常の疑問を解き明かす

お茶は単なる飲料ではなく、 歴史と科学が交差する文化です。

【茶 話】

「茶空間」――空間経営から茶文化創造へ

茶と空間を融合させたビジネス形態である「茶空間」は、近年、大きな変革の時代を迎えている。伝統的な茶館を狭義の茶空間とするならば、今日われわれが論じるのは、より幅広い領域と...

鈞窯の美

中華文明は千年にわたり受け継がれ、中原の窯の火は絶えることなく燃え続けてきた。中国陶磁芸術の体系において、鈞窯(くんよう)は「窯に入れる時は一色、窯から出ると万彩」と称さ...

宋代茶書の名著――『大観茶論』

『大観茶論』は原題を『茶論』といい、北宋の皇帝・徽宗(趙佶)が著したとされる。熊蕃の『宣和北苑貢茶録』には、「大観年間の初めに、今上(徽宗)が自ら『茶論』二十篇を著した」...

嵯峨天皇と弘仁茶風

茶を愛した君主といえば、まず思い浮かぶのは宋の徽宗皇帝と清の乾隆帝であろう。『大観茶論』が徽宗自身の著作であるとの確証はないものの、彼が茶をこよなく愛していたことはよく知...

眞鍋圭子氏が語るオペラ『TEA ~茶は魂の鏡~』の創作の歩み

―― なぜ当初、制作チームは陸羽の『茶経』を題材に選び、あえて西洋オペラという形で東洋の文化を表現しようと考えたのでしょうか。 眞鍋 このオペラの構想は、実は199...

六堡茶、日本市場での台頭とその背景

元愛知大学教授 松下智先生を訪ねて

中国では近年、六堡茶が一般の関心を集めつつあるが、実は1980年代にはすでに日本人研究者による体系的な研究が行われていた。その先駆けとなったのが、日本の茶文化研究者・...

近代日本の中国茶見聞録

幕末・明治・大正・昭和前期

茶をめぐる日中交流の歴史は古い。史料に残る記載としてすでに平安初期の嵯峨天皇に茶を煎じた逸話や、嵯峨天皇御製の茶を詠んだ七言絶句がある。史載に徴する限りでも日本が中国から...