日本茶は近年、特に鮮度の保持が喧しく叫ばれて、冷蔵保管だの、包装後の変質防止のための真空包装だの、チッソガスや乾燥剤の封入だのとさまざまな策が講じられ、品質保持に懸命である。
中国の緑茶類も、とりたての新茶は香りも高く、一般に好まれているようであるが、日本茶の新茶感覚ほどではない。筆者も世界の茶産地をあちらこちらと歩きまわり、外国の生産者や茶商らとお茶談議に花を咲かせる機会が多いが、八十八夜前後の日本の新茶感覚というムードは彼らにはまったくない。まして一般消費者については推して知るべしである。「新茶」という言葉さえ耳にしない。新しく採れた茶か、新鮮な茶の感覚である。
中国では、青茶類は一般に新茶よりも年月を経た古い茶が喜ばれ、中でもお茶通はそれを「陳茶」(チェンチャ:ひね茶)といって、客に自慢し、珍重している。およそ日本茶は、古くなると安売りされたり、安物のほうじ茶原料などに格下げされ、市場価格もぐんと安くなるのが常である。ここでも青茶と日本茶との差異がみられる。
古い茶が喜ばれる中国茶の雄は、なんといっても雲南の普洱(プーアル)茶であり、何十年と貯蔵し、古いものほど高価で尊ばれ、まるでフランスのブランデーやワインのように何年物などといって賞味される。かつて筆者も香港で、白くカビの生えた、ひと目で古いと分かる茶を、茶の専門家だということで飲まされたことがある。日本人の味覚からすればとても頂けたものではない。畑から掘りたての大根や、もぎたてのトマトを調理して、新鮮でうまいといったり、ピチピチはねる魚介類を最高の味覚と賞味したり、とかく走りもの、旬のものを珍重するわれわれ日本人の口には決しておいしい飲みものとはいえない。しかも不潔感があり、カビ臭く、好き嫌いの激しい茶で、常飲される中国茶としては喜ばれるとは思えない。が、香港あたりで飲まれるサッといれた安物の普洱茶は、ほうじ茶と紅茶の中間的なソフトな風味で、いくらガブ飲みしても胸につかえることもなく意外と飲みやすいということもある。
青茶(チンチャ)の新茶を何度も飲まされ、テストも試みているが、官能テストでは、一般に鮮度はあっても香味は淡(ウス)く、保管のよい陳茶(チェンチャ)ほどにはおいしくない。これはどなたでも容易に理解できる。しかし、新茶だの、旬のものだと騒ぎたてる日本人の味覚には、あまり古い茶よりも、まず製造から一、二年程度経過した保管のよい、鮮度を維持している「陳茶」が、一番口に合うであろうと、日本茶の実情をよく知っている中国人の茶商たちの口を揃えてのご意見には、筆者も同感である。但し包種茶は新しいものほど香気がよい。
粗製茶を軽く再火(サイビ)し、湿らさないように常温で一、二年保管した原料茶を取り出し、伝統工法の焙籠(ペイロン)で長時間乾燥する。そして、しばらく日がたつと烘焙(ホンペイ)香(ほいろ香、または火香という)が自然に消滅し、後熟したまろやかな味と香りが楽しめる。これは適度な鮮度もあり、われわれ日本人の口にはピッタリ合うと思う。
再火直後の茶は、ほいろ香が強く、ほうじ茶に近い香味で青茶特有の香気がないが、やがて一カ月もすると、ロースト香が自然に消滅し、本来の半発酵茶が持っている、えもいわれぬマイルドな、蘭の花のような香味が顕著にかぐわしく感じられるようになる。しかも味にもまろやかさが出てきて、渋味や苦味が除去され、あと味にむしろ甘味さえ感ずるようになって、俗にのど越しのよい茶となる。中国語で「余香回味(ユイシャンホイウエ)」と言って、中国の人々は常に香りを尊ぶエ夫を怠らないのである。
清代初頭の周亮の『閩(ミン)茶曲」に、「雨前(注)は好しといえども、但だ新しきを嫌う。火気いまだ除かれざるに唇を接することなかれ。深紅を蔵得すれば、三倍に価い家々に売る隔年の陳」とある。まことに茶の心を道破した見解であろう。
いずれにしても、あまり古い茶は不潔感もあり、香味と鮮度にも欠け、日本人の口にはピッタリとしないが、いま一度再火(サイビ)すると一段とおいしくなり、飲みやすくなる。永く貯蔵された「陳茶(チェンチャ)」があまり変質しないで重宝されるのは、心細やかな烘焙(ホンペイ)と念入りな乾爆を行なうため、茶葉が緊結し、湿りにくく、よく品質が保持されるからだ。製品管理が行き届くことで、茶の貯蔵の間に自然に追熟というか後熟というか、次第に果実が成熱するように、人為の及ばざる自然の成せる業によって、いっそう角がとれ、さらに丸みのある清香味が醸し出されるのである。これは他の茶にない青茶(チンチャ)のみが独自に有する特質であろう。
とかく中国茶類は日本茶式の厳重な保管、例えばチッソ封入だの冷蔵庫だのと神経を使う必要はない。防湿可能な程度の容器に、常温で保管しさえすればよい。保管に関しては至って簡単で、心配ご無用の茶類に属している。ただし包種茶は、一年くらいたったもので、香味とも円熱したものは、軽みく供培した上で、真空パックやチッソガスパックして保管したものが理想的であろう。
花香茶、つまりジャスミン茶などの花茶は、従来味よりもむしろ花の香りを楽しむ茶であるから、北京あたりの中国北部の人々は、一度にあまりたくさん買い置きしないし、昔はその都度その都度店へ買いに走ったという。最近原産国での袋詰めや缶詰のジャスミン茶が幾種類も出回っているが、以前から花茶の保存性には問題があり、変質した古いジャスミン茶などは飲めたものではない。できるだけ混入された花びらを取り除き、通気性のない完璧な包材で包装された商品を選ぶことが肝要であろう。花びらの混入は、まったく見せかけで、混入されている花びらから花の香りが漂うのではなく、むしろ花の灰汁(アク)で茶の味が妨げられるからだ。保管にはチッソガスパックがベターだ。
(注)雨前:陽暦四月二○日頃に穀雨という節があるが、雨前とは穀雨前につくられた茶の名称。ここでは穀雨前の早く摘まれた新茶をいう。
(谷本陽蔵著『お茶のある暮らし』第2章 中国茶の種類、株式会社平凡社、2012年6月8日初版第1冊より抜粋)
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