張林峰 パイロンテックジャパン ゼネラルマネージャー 元中興通訊日本支社長
「ビット」から「ワット」へ

三年ぶりに張林峰氏を訪ねた。互いに立場は変わっていた。張氏は中興通訊日本支社長を退任し、現在はパイロンテック(Pylon Technologies=派能科技)の日本責任者として新たな挑戦に取り組んでいる。一方、私も『日中経営者』の編集長に就任した。

人類の歴史を振り返ると、木を擦って火を起こす時代から蒸気機関、内燃機関に至るまで、エネルギーの変化は長い時間をかけて進んできた。しかしインターネット時代に入ると、技術革新の速度は一変した。テクノロジー企業が急速に進化する一方、グリーンエネルギー分野でも新しい企業が台頭している。

こうした変化の中で、通信からエネルギーへと軸足を移した張林峰氏の転身は象徴的である。デジタル技術とエネルギー技術が交差する時代に、この選択は何を意味するのか。張氏の経験と視点は、現在のビジネス環境を考えるうえで示唆に富んでいる。

通信分野キャリアの「卒業論文」

―― 3年前、この会議室でお話を伺った際、張林峰氏は人類の通信発展の歴史と将来の方向性をまとめた著書『通信簡史:伝書鳩から6G+へ』について語り、「人間の脳と機械の融合」という通信の未来像を示されました。トレンドの移り変わりが激しい通信業界から、エネルギー業界へ転身されたのは一般的なキャリアとは言えません。なぜ今、そしてなぜエネルギーなのでしょうか。

張林峰 今の世界は変化が激しく、「ビット(情報の最小単位)」だけでは生きていけず、仕方なく「ワット(エネルギー単位)」に転身した――と言えば冗談のようですが、実際には技術の本質に立ち返る感覚でした。

私のキャリアの出発点は2000年です。当時、日本のソフトバンクでブロードバンド付加価値サービス(BBTV)を担当していました。まだナローバンドのダイヤルアップ接続が主流で、回線は遅く、通話料も高い。情報化の普及を阻む大きな壁になっていました。そこで私たちはADSLの普及を進め、地下鉄の出口でモデムを無料配布するなど、インターネットを一般家庭へ広げる取り組みを行いました。いかに「ビット」をより低コストで、より高速に届けるか――それが当時の最大の課題でした。

ただ、その頃の私はまだ、「ビット」の流れが実は膨大な「ワット」、すなわち電力エネルギーに支えられているという事実を十分に意識していませんでした。

転機となったのは2019年です。将来の6Gネットワークを見据え、ソフトバンクの社長から高密度電池技術の研究を任されました。そこで私は、アメリカにいる大学時代の同級生を通じて、テキサス大学オースティン校のジョン・グッドイナフ教授(その年のノーベル化学賞受賞者)にコンタクトを取りました。コロナ禍の2年間、私たちは研究に集中し、2021年末にはエネルギー密度530Wh/kgという当時世界最高水準の電池を開発しました(中国語著書『通信簡史:伝書鳩から6G+へ』〈清華大学出版社〉116ページ参照)。

通信技術がAIを動かす動脈だとすれば、電力エネルギーは血液中の酸素のようなものです。そして蓄電技術は、その酸素を安定して供給する心臓にあたります。この経験を通じて、私はエネルギーという一見伝統的な分野の重要性を改めて認識しました。

私は『AIが「神」となる日:シンギュラリティーが人類を救う(中国語版)』(2019年)の共著者として、人工知能の研究にも関わってきました。そうした経験を踏まえると、『通信簡史:伝書鳩から6G+へ』は、私の通信分野のキャリアにおける一つの「卒業論文」と言えるでしょう。通信、AI、エネルギーという三つの領域の関係を考えると、最終的にすべてを支える基盤はエネルギーです。

さらに、ロシアによるウクライナ侵攻は、エネルギーが国家の将来を左右する重要な要素であることを改めて示しました。AIの時代において、最も根源的な需要は電力エネルギーだと私は考えています。

―― 技術は本来中立であると考えられますが、現実には地政学が半導体やAIなどの技術を国家安全保障や国際的地位と結びつけています。こうした状況が、通信分野からエネルギー分野へ転身した理由なのでしょうか。

張林峰 現実は確かに厳しいものです。ただ、私としては「時間を無駄にしたくなかった」という思いが大きかった。私の中では、2021年は「人工知能の世紀の元年」であり、AI時代が本格的に始まった年でした。

当時、私は中興通訊に10年間勤務していました。日本事業の責任者として、この10年間で黒字経営を実現し、日本拠点は中興通訊の海外拠点の中で初めて10年連続黒字を達成しました。

しかし同時に、政治の論理が技術の論理を上回る状況が強まっていました。その中で、気候変動こそが人類共通の課題であり、エネルギー問題がその核心だと考えるようになったのです。

 

日本の情報技術の発展を左右するエネルギー問題

―― TSMCの熊本進出や大規模データセンターの建設など、日本政府は半導体製造やAIデータセンターの拠点化を強く推進しています。しかし、こうした技術基盤を支える根本はエネルギーです。電力は日本にとって「アキレス腱」となり得るのでしょうか。

張林峰 電力(ワット)がなければ、ビットは成り立ちません。現在、GAFAM(Google、Apple、Facebook〈Meta〉、Amazon、Microsoft)は日本各地でAIデータセンターの建設を進めています。半導体工場やAIデータセンターでは、一瞬の停電も許されません。そのため電力への依存度は、これまでになく高まっています。

1990年代、日本はインターネットの波に十分乗り切れず、「失われた30年」とも言われる停滞を経験しました。当時のボトルネックが「ラストワンマイル」の通信回線だったとすれば、いまのボトルネックは「秒単位で安定した電力供給」です。

再生可能エネルギーには間欠性という課題があります。もし電力の安定供給という問題を解決できなければ、日本のAI分野の挑戦も、スタートは早くても結果として遅れを取る可能性があります。

 

技術を神殿から人間の生活へ

―― 日本は自然災害の多い国です。かつて「情報の孤島」の問題に取り組み、現在は「エネルギーの孤島」に向き合っています。これは「技術は人間に奉仕する」という理念の実践と言えるのでしょうか。

張林峰 その通りです。「技術を高い神殿から降ろし、人々の生活の近くに置く」――これは私が『通信簡史:伝書鳩から6G+へ』のあとがきに書いた言葉であり、パイロンテックジャパンの理念でもあります。

技術は、人の暮らしに役立ってこそ意味があります。エネルギー技術に携わる者は、災害後に赤ちゃんの食事を温めようとする母親の不安を理解しなければなりません。

通信の時代には、緊急通信車や衛星電話が災害後の連絡を支えてきました。パイロンテックが取り組むエネルギー貯蔵は、停電時でも電力インフラを維持し、AI時代の電力システムを支える基盤になると考えています。

―― ここで一点補足します。パイロンテックに転身する前、日本の地震の多さに着目し、老朽化した屋根にも設置できる軽量の薄膜ソーラーパネルを開発しました。これは日本のエネルギー構造の弱点を補う「中国式イノベーション」だったと言えますね。

張林峰 パイロンテックは欧州ではすでにトップブランドですが、日本市場では現地化のための改良を重ねてきました。日本は地震が多いため、バッテリーモジュールの耐震構造や材料の難燃性を強化しています。また、日本の住宅はスペースが限られているため、薄型で壁掛け可能な蓄電システムも開発し、昨年から販売を始めました。

AI時代を迎えたいまも、その基盤となるのは安定したエネルギーです。私自身、キャリアの後半で通信の世界からエネルギー分野へ移り、社会の基盤を支える仕事に関われていることを幸いに思っています。

日中エネルギー貯蔵分野における「水平分業」

―― かつて中国は日本の先進技術を追いかける立場にありましたが、5Gの時代には状況が逆転し、エネルギー貯蔵分野では中国が産業チェーン全体で優位性を持つようになりました。一方、日本は精密技術や製品の普及面で強みを保っています。こうした変化は、日中技術協力の新しい段階を示していますね。

張林峰 そう思います。過去30年間、日中の協力は「垂直分業」の形でした。つまり、日本がコア技術を担い、中国が製造や加工を担う構図です。

しかし現在、このモデルは限界を迎えています。地政学の影響が強まり、単一の国だけで技術体系を完結させることは難しくなっています。エネルギー貯蔵の分野では、日中がそれぞれの強みを生かす「水平分業」の方が現実的だと考えています。

パイロンテックの電池セルは、エネルギー密度、サイクル寿命、安全性のいずれの面でも世界トップレベルにあります。これは15年以上の技術開発の成果です。パイロンテックジャパンの役割は、その電池技術を日本の住宅や電力システムに適した製品へと仕上げることです。そのためには、日本市場に合わせた細かな改良、すなわち現地化です。

これはどちらかが相手を上回るという関係ではありません。「中国のスピード」と「日本の精度」が結びつくことで、新しい価値が生まれるのです。両国の産業の強みを組み合わせる「水平分業」こそが、最も持続力のある協力の形だと考えています。

 

パイロンテックは友好の架け橋となる

―― 20年にわたる通信分野での経験を手放すことに、迷いはありませんでしたか。

張林峰 迷いはありました。ただ、私は一度決めたら変えません。決断のきっかけは二つあります。一つは、AI時代の到来を確信したこと。もう一つは、執筆中に突然の停電を経験したことです。あの瞬間、技術の脆さを実感しました。エコで安定した電力こそが、生産力を支える基盤だと改めて感じたのです。

通信分野で20年働き、受け取った名刺は何箱もたまりました。ある日、その中から孫正義氏の名刺を手に取ったとき、かつて彼が語っていた言葉を思い出しました。「必ず20年後の視点から今を振り返りなさい」という言葉です。

20年後の自分は、今日をどう見るだろうか。今、自分は何をすべきなのか。誰のために問題を解決するのか。そう考えたとき、電力エネルギーの分野に進み、発電や蓄電の技術で人々の暮らしを支えるべきだと決意しました。

―― 著書の中で「科学技術は、それが奉仕する人々を待つべきだ」と書かれていました。技術の強さの中に、人への配慮が感じられる言葉です。

張林峰 いまなら、こう付け加えたいですね。「自ら光と熱を必要とする場所へ歩み寄るべきだ」と。エネルギーの利用水準は、その社会の文明度を示す指標でもあります。

成長を続けるパイロンテックジャパンでは、営業アシスタント、営業マネージャー、技術者など多様な職種で、時代の変化に関わる機会を提供しています。社員には、人々のエネルギー安全を支える責任感と共感力が求められます。同時に、数時間に及ぶ技術的な質疑に対応できる専門性と、数年にわたるプロジェクトを進める忍耐力も必要です。

私は、徳を重んじ、長期的な視点で物事を見ることを大切にしています。日本市場は、日本酒のように時間をかけて育てる市場です。一度信頼を得れば、それは長く続きます。実際、通信業界を離れた今でも、関連企業から人材採用について意見を求められることがあります。こうした信頼は、時間を超えて積み上がる資産だと思います。

パイロンテックが、政治やイデオロギーを超えて技術と製品をつなぐ架け橋になればと願っています。そして多くの華人青年とともに、「ビット」と「ワット」を結ぶ新しい協力の橋を築いていきたいと考えています。

取材後記

インタビューが終わる頃、太陽は高層ビルの陰に沈み、会議室には穏やかな空気が流れていた。張林峰氏が好んで聴くという美空ひばりの『人生一路』――「一度決めたら二度とは変えぬ・・・決めたこの道 まっしぐら」という一節が、ふと頭に浮かんだ。粒子の分布からイオンの移動まで追い続ける理系ならではの探究心と、まっすぐな情熱。それが多くの人の心を動かしてきたのだろう。

窓の外では街灯が一つ、また一つと灯り始めていた。携わる分野は通信からエネルギーへと変わった。しかし、目指すものは変わらない。街の明かりと人々の暮らしを支えるために、必要とする場所へ確かな電気を届け続ける――張林峰氏は、その道を歩み続けている。