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秋風の上海で内山完造を偲ぶ

10月19日、中国・上海。木々の葉がまだ色づききらぬ初秋の風の中、魯迅公園の一角にある魯迅記念館で、静かでありながら深い意味を宿した記念行事がひっそりと開かれた...

アンケートから見る日本企業の中国に対する冷静な判断

日本経済新聞が2025年12月に実施した「社長100人アンケート」は、現在の日中関係をどう受け止めているのかという、日本企業の実際の感覚を知るうえで、有用な資料である。注...

中国は苦情制度を最適化し事業者保護を明示

2026年1月10日、中国国家市場監督管理総局は、改正第121号令「市場監督管理苦情・通報処理弁法」(以下、『弁法』)を発布し、苦情・通報権限を濫用して不当な利益を得たり...

失敗した経営者から連立与党のリーダーへ

――藤田文武氏印象記

1月15日、東京・永田町の衆議院第二議員会館で開催された月例の「政民東京會議」に出席した。今回の講師は日本維新の会共同代表の藤田文武氏で、講演テーマは『日本再起の道筋―新...

新着記事

なぜ森清化工は73年連続で黒字なのか

「失われた30年」の中にある日本経済において、数十年間にわたり黒字を維持する企業は、もはや「経営の怪物」と呼ぶにふさわしい。Oリング専門の中小企業である株式会社森清化工は...

日本の国力を高め、共生を築く「教育の力」

――中国人留学生が共生未来社会の一助となる

1980年代の留学 歴史から「ゴールドラッシュ」へ 留学は古来、国家の発展や国際関係、そして外交人材の育成に直結する仕組みとして機能してきた。日本から唐に渡った空...

「神棚」から降りる中国の茅台 ――「反投機」の試み

2026年の仕事始めの日、貴州の空気にはまだ年末の寒さが残っていたが、中国茅台集団党委員会書記・董事長の陳華はすでに貴陽に姿を見せていた。彼は会議室に入らず、茅台物流園と...

淡水の風に旗が揺れた日——台湾光復八十周年に寄せて

今日は10月25日――台湾が「光復」、すなわち祖国に帰還してからちょうど八十年になる記念の日である。 本来なら、留日経験を持つ友人とともに、1945年10月25日に台湾...

村山富市先生の平和への遺志を継ぎ、友好の未来を築く

村山富市先生のご逝去に際し、謹んで哀悼の意を表します。本日突然の悲報に接し、言葉もなく胸が詰まる思いでおります。元首相としてのご功績偲び、温かい人柄をしみじみと思い出しま...

水戸學再検討の時代(3)――その幕末編――

怒涛の幕末、維新の夜明け前

幕末、欧米列強の脅威が迫り、日本を取り巻く情勢が緊迫する中で、水戸學本来の「水戸のこころ」もより先鋭化して行ったことも事実である。水戸の学問が示したことは、『水戸学の道統...

水戸學再検討の時代(2)――大日本史編纂―

歴史の百川が大河となり巨海を生む

[caption id="attachment_15516" align="aligncenter" width="600"] 方塔園[/caption] 上海の中...

水戸學再検討の時代(1)――その源流編―

徳川光圀が学んだ陶淵明と朱舜水の影響

国際情勢が地球規模で緊迫し激変している。数百年に一度の大激震である。大航海時代に始まるヨーロッパによるアジア、南米、アフリカの植民地化、そして昨今のグローバリズムに至る世...

中国茶文化と日本茶道

最初に茶の用途が発見されのは中国であり、儒釈道思想の影響を受けながら徐々に茶文化が形成されていった。中国と日本は古くから文化の往来が盛んにおこなわれ、茶文化は禅学の伝来と...

琉球館-中琉友好交流500年余の証

金秋の爽やかな秋晴れが広がる10月、福州での交流会に参加するため、梁氏の国吉克哉さんと陳氏の仲本榮章さんを案内しました。彼らは「閩人三十六姓」(1392年、明の洪武帝によ...

周恩来生誕126年・「平和共存五原則」70周年記念のスピーチ要旨

大同を求め 和平を祈願

1917年秋から1919年春にかけて、青春期の周恩来は「中国の奮起のために学ぶ」という雄志を抱き日本に留学した。 1918年2月25日、周恩来は日記に留学と人生の目的を...

卓南生『中国報学史』序文の読後感

2024年1月18日、中国新聞学のスペシャリストであるシンガポールの学者、卓南生先生がWeChatで、「最近、名著『中国報学史』(1927年、商務印書館影印版)の長い序文...