上海の大学で日本語を教える同僚から、「中国の学生に日本の物価高や長い不景気について説明しても、ピンとこないようだ」と聞いた。日本の報道の通り中国が不況なら、そんな話にはならないはずだ。
今の若者世代は高度成長期に育った。私も中国で暮らして10年あまりになるが、景気が悪くなったとか、物価上昇で生活が大変だと感じることはない。物の値段は上がっているが、給与も上がっている。逆に日本に戻ると、野菜や米の値段が2倍、3倍になっていて驚く。物価高は世界共通の現象ではないようだ。
先日、大学食堂で隣合わせた中年男性とお喋りした。学内の建設現場で働いている二人で、江西省から来たというので、上海での暮らしについて聞いてみた(写真1)。仕送りはしているものの、両地の暮らしに質的な差は大きくないそうだ。ここ10年から20年で生活水準が上がったと笑顔だった。日本では、中国の経済格差が深刻だと伝えられているが、経済が底上げしていることにも注目する必要がある。
写真1:江西省からの労働者と大学食堂で
失業率の高さも度々指摘されている。若者の失業率が10数%に及ぶという話は中国でも知られている。ただ、経済の行く末に社会全体が大きな不安を覚え、買い控えなどが起きるという事態にはなっていない。
もちろん、学生たち当事者世代には大きな問題であり、就職活動に大きなウェイトが置かれている状況は日本と似ている。他の世代は就職難を自分ごととは感じていない。国家統計局の2026年1月のデータによると、16-24歳の失業率は16.3%と確かに高い。ただ、25-29歳は6.9%とグッと低くなり、30-59歳では4.0%で、国際的に見ても高い数字ではない。ILOが2026年の世界若年失業率を12.4%と発表していることを加味すれば、全体として中国の失業率が格別高いとはいえそうにない。
低年齢層の失業率だけが突出して高いのはなぜだろうか。
中国で少子高齢化が急速に進んでいることは日本でも知られている。中国全体の人口が減少に転じるほどになっている。しかし、少子化しているのにどうして失業率が高いのかという疑問を見かけたことがない。少子化すれば同世代の競争も緩和され、失業率は下がるはずだ。労働力が足りなくなる局面に入れば尚更だろう。しかし、実際には若い世代ほど失業率が高い。
単純に考えれば、仕事そのものが減ると、雇用も減り、失業率が高まる。ただ、その場合、雇う側は給与の高い中高年層より、若者を採用しようとするだろう。中国に特殊な状況があることが想定される。
一つは、大学進学率の急上昇がある。
私は2015年から中国で暮らし始め、大学で授業を担当するようになった。日本の大学での経験と比べて、中国の学生たちは学ぶ姿勢が身に付き、積極的だと感じた。気になって大学進学率を調べてみたところ、当時で40%程度だった。特別のエリートだけが大学に進学しているわけではなく、一般的な進路になっていた。
驚いたことに、わずか4年後の2019年には進学率が50%を越えた。さらに、2023年には60%を越えた。日本と同じく「大学の大衆化」が進んでいる。
とはいえ、少子化が進んでいるなら、大学進学率が急上昇しても、大学入学者の数は減っている可能性もある。統計をもとに算出したところ、進学率が40%だった2015年には2038万人の同年齢人口うち815万人が大学に入学した。進学率が50%を越えた2019年には1702万人のうち868万人、60%を越えた2023年には1617万人のうち970万人が進学している。人口は減っているが、大学入学者の数は年々増えている(写真2)。就職市場に出る学生には大学院生も含まれ、2026年の卒業予定者は1270万人である。若年層の失業率の高さは、進学率の急激な上昇と連動している側面があることが分かる。
写真2:食堂はいつも学生で溢れ返る
他方で、まったく逆の趣旨の報道も耳にする。AIやロボット開発、環境科学などの先端技術を専攻した卒業生は、企業側で奪い合いになっているという。私の所属先は中国を代表する工学系大学でAIエンジニアなどを輩出している。そうした分野の大学院修了生なら初任給が2万元を優に超えるといい、私のような文科系教員よりはるかに高給だ。就職率が低迷しているのは文科系専攻の卒業生である。
こうした状況を総合的に考えると、大卒・院卒者が増加し続けるのに加え、雇用する側の需要とのミスマッチが重なっていることが見えてくる。技術革新によって経済発展を駆動させる構造への転換が進むなかで、その担い手になれない若者の就業が難しくなっている。
では、彼らは失業しているのか。
中国ではもともと、職に就いている/失業しているという線引きが日本ほど明確ではない。起業や転職、独立は一般的なことで、ネガティブな評価が伴うことはない。事業がうまくいかなければ撤退の判断も早い。実際、街中の店舗の移り変わりは早い。良い条件の雇用先が見つかれば躊躇わずに移るのも珍しくない。正社員なら失業保険があり、生活インフラが安いので当面の暮らしは問題が起きにくい。日本とは別の意味で、失業が表面化しにくい仕組みに支えられている。
数年前から、狭い意味での正社員ではないが、新たな職種や働き方に携わる若者が増えていると指摘され始めた。中国ではもはや「インフラ」化したデリバリー・サービスや、自分の車で空き時間にタクシー業を行う人々が典型だ。SNSでライブ販売を展開しているのも若者が多い。フリーでプログラミング業務を請け負い、自分の好きな時間に働くことを選ぶ若者も増えている。家事代行業をネットで募集するのはたいてい若い世代だ。こうした新世代の“就労者”の数は、既に億単位に達しているというレポートもある。
正社員ではない働き方には不利な側面も多いため、国務院は彼らの“労働者”としての暮らしを守るための法整備を進め、移行期を乗り越えようとしている。
円安や構造改革が政治主導で推進されたように、日本の長期不況や物価高は「自然現象」ではなく、政治的選択の結果として捉える必要がある。防衛費増額と消費税減税という政策は両立しえない。後者が後廻しになっている現状では経済や生活の好転は望めない。他方で、隣国では経済弱者を犠牲にしない政策が「選択」され、若者が新たな働き方を試行錯誤するなか、経済成長が続いているのである。
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