2026年5月9日から11月22日まで開催される「第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」の日本館において、参加作家の荒川ナッシュ医(あらかわなっしゅ・えい、以下敬称略)の指名を受け、高橋瑞木と堀川理沙による共同キュレーションが決定した。日本館70年の歴史で初となる共同キュレーション体制であり、新たな取り組みへの挑戦となる。
photo by Cathy H.
photo by Cathy H.
医は1998年よりニューヨークを拠点に活動するパフォーマンス作家で、21年間のニューヨーク生活を経て、2019年からはロサンゼルスを拠点としている。そのパフォーマンスは、現代美術作家や美術史家をはじめとする、さまざまな人との共同作業により生まれることで知られている。
アーティスト・医は、同性婚を経て代理懐胎により双子の親となった経験の持ち主で、今回のヴェネチア・ビエンナーレのテーマも、その双子の子どもたちと関連する内容になるという。
ジャパンパビリオンは今回、史上初となる日本館と韓国館との公式連携を実現した。ジャルディー二地区で隣接している両館を連携させることは、立地的な利便性もあるが、連携を目指した共通の理念が両者を結びつけた気がする。
バーゼル・香港のプレビューに際し、日本館と韓国館による合同記者会見が行われ、筆者もその場に駆けつけた。ニューヨーク在住歴21年を経て、現在はロスに在住する医、香港をベースに美術館「CHAT」の館長を務める高橋瑞木、シンガポールをベースに活動する堀川理沙にも、海外を拠点とし、英語をネイティブレベルで使いこなすという共通点を持っている。
香港での日韓合同記者会見朝食会、photo by 筆者
髙橋さんと筆者、photo by sangsun B.
韓国館と日本館が連携し、医が双子の子どもを抱えて左側の韓国人キュレーターの列に座っていた姿が印象的だった。バーゼル香港のアート・ウイークでは、とても新鮮な試みが行われた。隣りあわせた韓国館との連携だけではなく、茶美会(さびえ)の伊住健次郎と現地で振り付けのコラボレーションを行うなど、5月から11月にかけてのビエンナーレ開催期間中には、さまざまなつながりやコラボレーションが展開され、クラウドファンディングの規模も話題を集めた。
ヴェネチア現地では、当日激しい雨と時折響く雷の中でスタートしたらしいが、来場者たちも雨宿りをしながら、その特別な時間をともに過ごした。途中でウクライナのテティアナ副首相兼文化大臣と、その娘のオーサカちゃんによる飛び入りスピーチも行われ、作家と共同キュレーターによる反戦詩の朗読も行われた。その後、参加者全員が傘を差しながら韓国館へ移動し、国境を越えた乾杯が実現した。
日本館の今般の展示は観衆参加型の作品で、多彩なコラボレーターによるさまざまな作品を鑑賞することができる構成だ。希望する来館者は、一階ピロティで生後3-4カ月の乳児と同程度の重さ(約5キロ)がある赤ちゃん人形を預かり、抱きながら展示を巡る。展示の最後となる出口付近では、抱いてきた赤ちゃんのおむつ替えを行なう。おむつに印刷されたQRコードをスキャンすると、占星術師でライターの石井ゆかり氏が、その赤ちゃんの誕生日に合わせて執筆した「オムツの詩」が贈られる。その誕生日には、医自身から子どもたちに伝えたい20世紀の歴史的な日付が設定される仕組みだ。
今回のヴェネチアは多事なイベントとなった。1895年、イタリア王の成婚25周年を記念して始まったこの展覧会は、今や130年の歴史を刻む世界最古の国際美術展となった。「2年に一度」を意味するビエンナーレの名のとおり、美術展は隔年で行われ、建築展と一年ごとに交互に行われている、
水の都ヴェネチアのジャルデイーニ公園には、各国のパビリオンが立ち並び、国ごとに選ばれたアーティストがそれぞれの表現を世界へと問いかける。国家の威信がかかるその舞台は、「美術のオリンピック」とも称され、61回目に当たる今年は7つの初参加国を含め100カ国が参加した。
国ごとのパビリオン形式の展示とは別に、キュレーターによる企画展示もある。2026年の芸術監督はカメルーン出身の世界的キュレーター、コヨ・クオ氏で、ヴェネチア・ビエンナーレ史上初の黒人女性総監督として話題を呼んだ。惜しくも昨年5月に急逝したクオ氏の遺志を引き継ぎ、チームは「In Minor Key」をテーマに掲げ、クオが生前に選んだ5人のアドバイザーとともに、参加作家111組による企画展示が進められた。そして、日本館は設立70周年を迎えた。
ただ、今回のビエンナーレでは、ロシア館とイスラエル館の展示開催をめぐり、金獅子賞、銀獅子賞などを選出する国際審査委員会が4月末に集団辞任し、130年続いた権威の象徴ともいえるアワードが選出できなくなる事態が起きた。最終的には、来館者の投票による「観衆金獅子賞」がビエンナーレ終了時に決定されることになった。
なお、反戦抗議デモが開催館の多くで行われたため、ロシア館はプレビュー期間のみのオープンとなった。さらに、ドイツ館の作家に選定されていたヘンリケ・ナウマンが41歳の若さで逝去した。日によっては、ほとんどの国家館が閉まっている状況もあり、今回のアートシーンでは、多くの人が国家館以外でさまざまなイベントを楽しんだと伝え聞いた。秋のビエンナーレがどのような変化を見せているのか、閉幕直前に訪れる予定だ。日本館で赤ちゃんを抱き、おむつ換えをする自分を想像してみる。

洪欣
東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。
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