世界銀行はこのほど、2026年版「世界開発報告書」『人工知能:新たな発展の機会』を発表した。報告書では、AIが発展途上国に新たな機会をもたらす一方、電力供給、デジタルネットワーク、技能、制度面などの格差が、AIの恩恵を十分に享受するうえで障害となる可能性もあると指摘している。
AIは果たして、発展途上国にとって「追い上げを加速させる原動力」となり得るのか。新たな技術革新の波は、グローバルサウスとグローバルノースの発展格差にどのような影響を及ぼすのか。専門家に分析を聞いた。
「蒸気機関が低所得国に普及するまでには約80年、電力は40年、インターネットは20年かかりました。一方、ChatGPTはサービス開始からわずか6カ月で、中所得国からのアクセスが世界全体の半分を占めました」。世界銀行は報告書でこのように指摘している。AIの普及速度は、これまでの汎用技術をはるかに上回り、従来なら100年以上かかる発展を10年以内に実現するような飛躍を後押しする可能性がある。
国際通貨基金(IMF)の研究でも、AIが世界の生産性、労働市場、経済成長を大きく変える可能性が示されている。今後10年間で、AIの導入によりサハラ以南アフリカの生産性は累計0.2~2.1%向上し、年間GDP成長率を最大約0.5ポイント押し上げ、10年間で約4%の経済成長につながる可能性がある。
AIはすでに農業、教育、医療、公共ガバナンスなどで活用されている。低コストのモバイル通信やSMSサービスは農業生産や農家の所得向上に寄与し、AI支援ツールは教育・医療の人材不足を補うほか、税徴収や税関管理など公共サービスの効率化にもつながっている。
経済協力開発機構(OECD)の研究報告書『AIと世界の生産性格差』は、低所得国や低中所得国がインフラ、技能、資金調達などの課題を抱える一方、比較的若い労働力人口や、グローバルな知識移転による技術の波及効果がAI活用に有利に働く可能性を指摘している。
「AIは後発国に新たな『追い上げのチャンス』をもたらすことが期待されます」。中国社会科学院・中国式現代化研究院副院長・研究員の徐秀軍氏によると、大規模な設備投資や長期の蓄積を必要とする工業化などと異なり、AIはオープンソースのフレームワーク、事前学習済みモデル、クラウド上のAPIなどを通じて利用できるため、導入のハードルが低い。
「テクノロジー・アズ・ア・サービス(Technology as a Service、TaaS)」と呼ばれるこのモデルにより、後発国は高コストなハードウェアへの依存を抑え、先進的なアルゴリズムを利用できる。さらに、現在のAIは技術標準や産業エコシステムがまだ完全には確立されておらず、後発国にも新たなルール形成に参加する余地がある。AIを補助ツールとして活用すれば、労働者の技能や業務効率を高め、生産性向上にもつながる。
復旦大学発展研究院副教授で、グローバル人工知能イノベーション・ガバナンスセンター研究員の江天驕氏も、AIが後発国に「追い越し」の機会をもたらす可能性を指摘する。発展途上国は必ずしもゼロから最先端の大規模モデルを開発する必要はない。既存モデルやオープンソースを活用し、現地のデータや言語・文化、ニーズに合わせて導入することで、研究開発や導入コストを抑えることができる。
また、AIは農業、医療、教育、公共ガバナンス、災害対応などにも迅速に導入でき、専門人材や公共サービスの不足を補うことができる。世界銀行も、低中所得国で低コストかつ一般的な機器でも稼働する「小型AI」が登場し、農業、医療、教育などで活用されていることに注目する。大規模な計算能力や大規模モデルを中心とする発展経路をそのままたどる必要がなく、発展途上国に新たな選択肢をもたらしている。
江氏は、成熟した産業や社会システムを持つ先進国と比べ、一部の後発国は従来の仕組みに縛られる度合いや産業転換の負担が小さく、AIへの転換で「追い越し」を実現できる可能性があるとみる。
新たな「追い上げのチャンス」が訪れる一方、AIは新たな格差をもたらす可能性もある。発展途上国は既存技術やオープンソースモデルを活用して導入コストを抑えられるが、「技術を手に入れること」がそのまま「発展の恩恵を得ること」を意味するわけではない。
世界銀行は、AIの恩恵を得るためには4つの基本条件が必要だと指摘する。安定した電力とネットワーク、十分な計算資源、現地の言語やニーズに適したデータ、そしてAIを使いこなす技能である。しかし、これらの資源は世界的に偏在している。2025年6月時点で、高所得国が世界のデータセンター容量の77%を占めるのに対し、低所得国は0.1%未満にとどまる。
IMFも、サハラ以南アフリカではAIの直接的な影響を受けにくい農業などに多くの人が従事し、エネルギー、インターネット、人材などの基盤も十分ではないため、AIによる経済効果は先進地域を下回る可能性があると指摘する。こうした条件が改善されなければ、世界でAI導入が進むにつれ、既存の生産性格差がさらに拡大するおそれがある。
「インターネット時代と比べると、AI技術によって『同じスタートラインから競争する』可能性は理論上高まっています。しかし実際には、より高い参入障壁と複雑な課題に直面します」と徐氏は述べる。
AI時代の競争は単一の技術ではなく、データ、アルゴリズム、計算能力からなる総合的なエコシステムをめぐるものだ。高度な計算資源は一部の国や企業に集中しており、多くのグローバルサウス諸国は、電力やネットワークなどのインフラ不足、計算資源へのアクセスの難しさ、現地データや専門人材の不足など、さまざまな制約を抱えている。
「インターネット時代の『接続格差』から、『インテリジェンス格差』へと移行する可能性は十分にあります」。江氏は、AI時代にはネットワークだけでなく、安定した電力と十分な計算能力も必要になるため、一部の発展途上国では「電力も足りず、ネットワークも不足している」という現実的な制約に直面していると指摘する。
さらにAIは、新たな「データ格差」ももたらしている。大規模モデルは学習データに大きく依存するが、多くの発展途上国では、現地の言語や文化、知識が十分に反映されていない。特に多くの現地言語が存在するアフリカでは、モデルが現地の実情に対応できなかったり、アルゴリズムに偏りが生じたりする可能性がある。
AIへのアクセスだけでなく、使いこなす能力も必要だ。「たとえAIがあり、電気もネットワークも整っていても、使い方が分からなければ、利用できないのと同じです」と江氏は話す。AI時代には基本的なデジタル技能に加え、人間とAIが協働する能力も求められる。そのため、教育、職業訓練、人材育成の重要性は一段と高まる。
制度やガバナンス能力も格差を左右する。政府や規制当局のAIに対する理解やルール整備が不十分なら、海外の技術企業への依存が長期化し、国内の産業やイノベーション能力が育ちにくい。その状態が続けば、「技術利用の格差」が「発展能力そのものの格差」へと拡大する可能性がある。
発展途上国は必ずしも先進国と同じ発展経路をたどる必要はない。世界銀行は、各国が自国の基盤や条件に応じてAIの導入・適応・イノベーションの道筋を選び、現地の経済、文化、制度に適合させるべきだとしている。AIへの対応力が経済発展の水準を上回る24カ国を対象とした調査でも、所得水準によって取り組むべき重点分野は異なることが明らかになった。
グローバルサウスは、発展段階、産業構造、資源条件、デジタル基盤が国によって大きく異なる。江氏は、それぞれの条件に適したAI戦略が必要だと指摘する。
「産業基盤や電力・ネットワーク、資金面が比較的整った国は、計算資源を支えるインフラや自国のAI産業、『ソブリンAI(自国主導のAI)』を整備し、地域のAI拠点を構築できます。一方、その他の国では、オープンソースを活用し、農業、医療、教育など具体的な分野でのAI活用に重点を置く方が適しています。基盤が弱い国は、まずデジタルインフラを整え、AIを『使える』状態にすることが重要です」と江氏は述べる。
「インテリジェンス格差」を縮小するには、国際協力も欠かせない。「今後の国際協力は、『魚を与える』ことから『魚の釣り方を教える』ことへと転換し、グローバルサウス諸国の自律的な発展能力を高めていく必要があります」と徐氏は指摘する。
まず、電力、ネットワーク、計算資源などデジタルインフラの整備を優先し、現地のニーズに対応したAIコンピューティングセンターの整備を支援する必要がある。同時に、オープンで包摂的な技術環境を整え、オープンソースのAIモデルやツールの普及、人材育成を進めることで、各国が自国の言語やニーズに合ったAIを開発できるよう支援することが求められる。
徐氏は、公平なグローバルAIガバナンスの構築も重要だと指摘する。世界人工知能協力機構などを通じ、グローバルサウス諸国がAIの国際ルール、技術標準、倫理規範の策定に平等に参加できるようにする必要がある。また、農業、医療、教育、災害の予測・警報など、人々の生活や持続可能な発展に直結する分野でのAI協力も優先すべきだという。
こうした協力はすでに加速している。江氏によると、中国は2024年に「人工知能能力構築普及計画」を提唱し、デジタルインフラ、オープンソース、人材育成、現地語コーパスの構築、AIガバナンスなどを重点分野に掲げた。2026年の世界人工知能大会では、今後5年間で発展途上国の5,000人を対象にAI専門研修を実施すると発表した。
さらに、ASEAN(東南アジア諸国連合)、アラブ連盟、アフリカ連合、CELAC(ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体)、上海協力機構、BRICS諸国を対象にAI応用協力センターを設立し、気象災害の早期警戒システム「媽祖(Mazu)」の30カ国への導入を進めている。
「発展途上国にとって、国際協力の重要な目標の一つは、先進的なAIを本当に『使える』『購入できる』ものにし、自国のニーズに応じた活用能力を育てることです」と江氏は述べる。
モデルや技術を提供するだけでなく、オープンソース、人材育成、地域協力を通じて、現地の人々がAIを調整、最適化、導入・運用できる能力を身につけられるよう支援する必要がある。さらに、地域の計算資源センターなどを共同で整備・利用すれば、その効果を周辺地域にも広げ、より多くの国がAI活用に必要な基盤を共有できる。
トップニュース
![]() |
2026/9/9 |
|
![]() |
2026/8/3 |
|
![]() |
2026/7/31 |
|
![]() |
2026/7/21 |
|
![]() |
2026/6/1 |
|
![]() |
2026/5/27 |