泉川友樹 日本国際貿易促進協会理事長
歴史の転換点に「氷を砕く旅」が拓く新航路

日中友好七団体の一つである日本国際貿易促進協会(以下、国貿促)は、設立以来、両国関係の重要な局面において、かけがえのない役割を果たしてきた。

2026年6月、国貿促の河野洋平会長が訪中を目前に急逝し、日中両国に大きな悲しみが広がった。注目を集めていた「氷を砕く旅」は延期を余儀なくされた。

その後、7月29日に開かれた会員総会で、岩屋毅前外務大臣が第八代会長に選出され、新たな体制が発足した。現在、国貿促は延期となった訪中団の早期派遣に向け、中国側との調整を進めている。

こうした歴史的な節目において、本年3月に国貿促の理事長に就任した泉川友樹氏は、過去を受け継ぎ、未来を拓くキーパーソンである。河野会長の遺志をどのように受け継ぎ、新たな「氷を砕く旅」を実現していくのか。そして、日中の経済貿易交流は今後どこへ向かうのか――。我々は国貿促を訪ね、その展望について、泉川友樹理事長に話を伺った。

 

歴史のバトンを受け継ぎ
「氷を砕く旅」を再び

―― 本年6月、理事長は国貿促を代表して訪中されました。現在の日中関係を踏まえると、まさに「氷を砕く旅」であり、重要な歴史の一章になったと思います。今回の訪中の成果について教えていただけますか。

泉川 「氷を砕く旅」という言葉を聞くと、私が国貿促に入った2006年当時のことを思い出します。第一次安倍内閣の時でした。安倍首相は就任後、最初の訪問国として中国を選びました。靖国問題で冷え込んでいた日中関係を立て直し「戦略的互恵関係」を確立したこの訪中は、「氷を砕く旅」と評されました。その後の2007年の温家宝総理の訪日は「氷を溶かす旅」、福田康夫首相の訪中は「春を迎える旅」、さらに2008年の胡錦濤国家主席の訪日は「暖かい春の旅」と呼ばれました。氷を砕き、氷を溶かし、春を迎え、そして暖かな春へ――。私は国貿促で、その一部始終を間近で見てきました。

国貿促は当初、6月21日から24日にかけて河野洋平会長率いる代表団が訪中し、中国の国家指導者や関係部門の責任者と直接会い、目下の困難な日中関係をどう改善し、経済協力を発展させていくかについて意見交換を行う予定でした。

日本国内でも、この訪中が新たな「氷を砕く旅」になるのではないかと、大きな期待が寄せられていました。ところが、残念なことに6月8日、河野会長が突然病気で逝去され、訪中団の派遣は延期せざるを得なくなりました。その後、正式な訪中団という形ではありませんでしたが、深い悲しみを胸に、私を含め橋本岳会長代行ら一行4名で、当初の予定どおり6月21日に中国を訪問しました。中国側は我々の訪中に向けてさまざまな準備を進めてくださっていましたのでお詫びを申し上げるとともに、体制を立て直したうえで、改めて正式に訪中団を派遣したいという意向を伝える必要があると考えたからです。

中国側は我々を大変温かく迎えてくださいました。外交部の華春瑩副部長が応対してくださり、約1時間にわたって会談を行いました。華副部長は、生前の河野会長の功績を高く評価しますとおっしゃられ、深い哀悼の意を示され、中国側は国貿促の訪中計画を重視しますとの言葉をいただきました。これが何よりの成果でした。

2011年、温家宝総理(右)と河野洋平会長との会見で通訳を務める泉川友樹氏

生涯友好を貫き
難局にあって真心を尽くす

―― 河野会長は中国人民の古くからの友人であり、日中友好の礎を築いた人物です。会長の突然のご逝去は両国にとって大きな損失です。河野会長の理念を今後どのように受け継いでいかれますか。

泉川 河野会長は2006年9月に国貿促の会長に就任されました。私は同じ年の4月に国貿促へ入りましたので、いわば「同級生」です(笑)。河野会長は在任中の20年間で、四川大地震(2008年)と新型コロナウイルス感染症の流行の時期(2020~2022年)を除いて、ほぼ毎年代表団を率いて訪中し、中国の要人と対話を続けてきました。日中関係がどれほど厳しい局面にあっても、対話を絶やすことはありませんでした。

会長就任のあいさつで、政治は政治、経済は経済と分けて考えた方がいいという人も多いが、必ずしもそうではない。政治の関係が好転すれば経済の関係は自ずと進展する。翻って、経済交流を深めることで政治の関係を改善していくことが最善の道だと話されました。

20年にわたって河野会長は訪中団を率い、数々の成果を挙げてきました。いかなる時も、交流と対話を絶やしてはならないという揺るぎない信念が強く心に残っています。

国貿促には他の経済団体にはない特徴があります。会員は経済界の方々ですが、会長は第三代から政界を代表する政治家が務めてきました。第三代会長の石橋湛山は、周恩来総理との間で「政経不可分原則」を確認した方です。その理念のもと、政治家が経済界を率いて訪中し、交流を進めるという伝統が今日まで受け継がれています。

第七代会長であった河野先生がよく口にされていたのは、「日中交流は両国だけでなく、アジア、さらには世界にとっても重要だ。そのためには、自分たちに何ができ、何をしてはならないかを明確にする必要がある」という言葉でした。ご本人に直接確認したわけではありませんが、河野会長は二つの原則を守り抜いておられたように思います。一つは、靖国神社を参拝しないこと。もう一つは、台湾を訪問しないことです。中国側の信頼を損なうような行動は決して取らないという姿勢を貫かれました。

河野会長との思い出は数え切れませんが、特に忘れられないのが2011年7月の温家宝総理との会談です。この年の3月、日本は東日本大震災という未曽有の災害に見舞われ窮地に陥りました。同年5月、温家宝総理が来日され、中国から多くの義援金や支援物資が寄せられました。また、温家宝総理ご自身も福島県の避難所を訪れ、現地のサクランボを口にされるなど、日本国民に大きな勇気を与えてくださいました。同年7月、河野会長は団を率いて北京を訪問し、温家宝総理と会見しました。河野会長は、顔を合わせるなり深々とお辞儀をし、「中国の各界の皆さまからは多大なるご支援を賜り、心から感謝申し上げます」と述べられました。現場で通訳を務めていた私は、苦楽を共にする真の絆というものを目の当たりにし、深い感動を覚えました。日中両国はこの温もりをいつまでも保ち続けてほしいと心から願っています。

河野会長との思い出は尽きません。原則を堅持し確固たる信念を胸に、生涯を日中交流に捧げた偉大な先達でした。

多国間貿易を守り
日中貿易4000億ドル時代へ

―― 国際経済を取り巻く環境は複雑化し、地政学的リスクも高まっています。現在の日中関係をどのようにご覧になっていますか。また日本企業はいま、中国市場のどの分野に関心を寄せているのでしょうか。

泉川 現在、国際情勢は非常に複雑で、日中関係も緊張した局面にあります。まずは政治レベルで早く関係を安定させるよう努力してもらいたいと思っていますし、我々国貿促としても、そのためにできる限り貢献していきたいと考えています。

国貿促が設立された1954年は、東西冷戦の真っただ中でした。東西陣営は激しく対立し、日中間には国交も正常化されていませんでした。国交正常化が実現した1972年当時の日中の貿易額はわずか11億ドルに過ぎませんでした。その後、1978年の中国共産党第11期三中全会で改革開放政策が打ち出され、中国は世界へ向けて門戸を大きく開き、自由貿易体制に徐々に組み込まれていく中で、日中間の貿易も飛躍的に拡大しました。現在、両国の貿易総額は3000億ドルを超え、人的往来も当時のおよそ1000倍にまで増えています。

こうした歩みを振り返れば、自由貿易体制を維持し、冷戦思考を排し、安定した政府間関係を築くことがいかに重要であるかは明らかです。その意味で、日中両国はまず、自由貿易体制と多国間協調主義という共通の価値を改めて確認し合う必要があります。近年は米国などで、こうした価値観とは異なる動きも見られます。

河野会長が最後に訪中された2025年6月は、トランプ政権が発足したばかりで、追加関税の方針を次々と打ち出し、同盟国を含むすべての国に対して関税を課すと言い放っていました。河野会長は李強総理との会談で、自由貿易体制と多国間協調主義は日中両国の共通の利益であり、協力して守っていくべきだと訴えました。これは国貿促が一貫して重視してきた理念でもあります。

かつて「世界の工場」と呼ばれていた中国は「世界の市場」へと変貌し、日本企業も中国に工場を建設するだけでなく、研究開発センターを設立したり、現地のハイテク企業と連携したりして製品開発に取り組むようになっています。中国市場の成熟に伴って、新たなビジネスチャンスが続々と生まれているのです。

また、中国の消費者も成熟し、コストパフォーマンスを重視するようになっています。日本はコストパフォーマンスに厳しい国で、その環境下で勝ち抜いてきた企業が続々と中国市場へ進出し、大きな成果を収めています。我々国貿促も、こうした市場の変化を敏感に捉え、新しいことをやっていきたいと考えています。

欧米諸国は今、中国との貿易をめぐってかなり厄介な問題に直面しています。中国の貿易黒字があまりにも大きいため、中国だけが一方的に得をしているように感じていると見受けられます。しかし、日中の貿易構造はそれとは異なり、両者はバランスのとれた補完関係を築いています。中国にとって日本は重要な貿易相手国であり、日本にとっても深刻な対中貿易赤字という問題は存在しません。この安定した補完関係を大切にしながら、関係をさらに改善し、貿易を着実に拡大させていくことが重要だと考えています。

ここ数年、日中の貿易総額は3,000億ドル台で推移しています。しかし、韓国など周辺国と中国との貿易額が着実に伸びていることを考えれば、日中協力の潜在力はまだ十分に発揮されているとは言えません。今後、交流をさらに深めていけば、貿易総額を4000億ドル規模へ押し上げることも可能だと思います。国貿促としても、その実現に向けてできる限りの努力をしていきたいと考えています。

中国国際サプライチェーン促進博覧会にて橋本岳会長代行(右)と(6月22日、北京)

影響が表れる2年後に備え
新たな成長分野を開拓

―― 現在の日中の経済・貿易協力における機会や課題についてどうお考えですか。また、今後、新たな成長分野となり得るのはどういった分野でしょうか。

泉川 高市首相の台湾有事発言以降、日中関係は政治的に緊張した局面にあります。レアアース問題や軍民両用技術に対する規制、新制度導入の動き、さらには日中間の航空便の減少など、日中経済は大きな打撃を受けているように思えます。

ところが、実際の貿易統計を見てみると、貿易額はむしろ伸びており、今後回復していくための基盤はしっかり維持されています。既存のビジネスも概ね順調に動いており、とりわけ半導体や電子部品などは現在も成長分野であり、全体の貿易額を引き上げています。

一方で、中国は行政による許認可権限が大きい国です。多くのことは、政府の認可を得なければ執行できません。そのため、現在の政治的緊張が、新規事業の展開に影響を及ぼすのではないかと懸念しています。日本企業が今後、中国への投資を検討する際にも、政治の関係が冷え込んだままであれば、様子見の姿勢を取らざるを得なくなるでしょう。その影響はすぐには表れず、1年後、あるいは2年後に徐々に顕在化してくるでしょう。だからこそ、その前に関係改善へ向けた努力が必要だと考えています。

とはいえ、新たな協力分野は広がっていると感じています。6月22日に中国国際サプライチェーン促進博覧会を視察しました。米国のエヌビディアをはじめとするAI分野の大手企業が出展しており、さまざまな高性能のロボット技術が紹介されていました。中国のハイテク分野は猛スピードで発展しており、今後はこうした分野で新しい協力の形が生まれる可能性を感じました。

また、中国は第15次五カ年計画において、「中国式現代化」や「新たな質の生産力」といった革新的理念を打ち出しています。今後どの分野を重点的に発展させていくのか、その方向性は極めて明確です。こうした重点分野における日中協力にも、大きな可能性があると考えています。

例えば高齢化社会への対応です。日中両国の考え方の違いがビジネスチャンスを生み出しています。日本では、高齢者福祉は社会保障政策の一環として捉えられている一方、中国では「シルバーエコノミー」という考え方の下、新たな経済成長の柱として位置付けられています。中国の消費は、衣食を満たす消費からより質の高い生活を求める消費へとアップグレードしています。日本の企業が過去数十年、厳しい競争の中で培ってきたサービスの理念や介護のノウハウは、中国市場のニーズと合致しており、関連産業における両国の協力は大きなビジネスチャンスをもたらすと考えています。

中小企業とも
協力の成果を分かち合い、
新華商との協力体制を構築

―― 理事長のリーダーシップの下、国貿促として今後より多くの日本企業の訪中を後押しし、双方向の投資や協力を推進していくお考えはありますか。

泉川 国貿促は今後も毎年訪中団を派遣して参ります。これは我々のDNAのようなものです。日中関係が良い時も悪い時も、対話を止めることはありません。むしろ関係が厳しい時こそ対話を続けることが重要であり、この伝統は今後も守り抜いていきます。

日本の大企業の多くはすでに中国へ進出し、現地法人や工場を設立しています。今後我々が注力すべきは、中小企業が中国との接点を持ち、日中経済協力の成果を実感できるよう支援していくことです。また、日本の地方自治体にも、中国との交流や協力を望む地域は少なくありません。そうした地域とも連携しながら、具体的な協力を後押ししていきたいと考えています。

改革開放から40年以上が経過し、日本へ留学した後、日本で起業し、そのまま定住する中国出身者も増えています。彼らは日本企業とは性格が異なりますが、日本で会社を経営し、日本で生活し、日本で納税している人たちです。そうした企業間の連携を促進するための何らかの仕組みを構築する必要があると考えています。彼らは改革開放の成果であり、日中友好の象徴とも言える存在だからです。

さらに近年では、民間レベルの新しい交流が、政治とは異なる形で日中の距離を縮めています。例えば、最近日本で人気を集めている「麻辣湯」です。日本では麻辣湯を広めるアイドルユニットまで誕生しています。これは、日中交流の従来の枠組みを打破するものです。このような地に足の着いた交流の方が、日本人には受け入れやすいかもしれません。今後、こうした民間の自発的な力をいかに活かしていくかが、理事長の私に課せられた大きな課題だと考えています。

また、7月29日の臨時会員総会では、岩屋毅衆議院議員(前外務大臣)が第八代会長に選出されました。河野前会長の遺志を受け継ぎ、新会長の指導のもと、日中経済協力のさらなる拡大に努めてまいります。

7 月 29 日の臨時会員総会で岩屋毅衆議院議員が第八代会長として選出された

 

泉川友樹氏プロフィール
1979年、沖縄県豊見城市生まれ。
2002年、沖縄国際大学文学部社会学科卒業。翌年、北京外国語大学に留学し、中国語通訳を学ぶ。
2006年、日本国際貿易促進協会に入り、2026年に理事長に就任。長年にわたり、同協会の訪中代表団に同行し、団長と習近平国家副主席(当時)、李克強総理ら中国要人との会談で日本側通訳を務めた。