中国からみた中国そして日本 第3回
日本で触れるリアルな中国

サッカーのワールドカップで湧き上がる6月末から7月にかけて日本各地を回った。人々に中国がどのように見えているのか、中国のどんなところを知りたいと思っているのか、いくつか気付きがあった。

大きなスーツケースを持ってタクシーに乗ると、「どこから帰ってきたのか」、あるいは「どこへ出かけるのか」と聞かれることがある。上海だと告げると、運転手たちは不思議なほど同じ質問を投げ掛けてくる。「中国は危なくないんですか」「今の中国ってすごく景気悪いんでしょう」。どんな危険があると思っているのか逆に質問してみたが、曖昧な返事しか返ってこない。私から、「11年も中国に住んでいるが、危険を感じたことはほとんどない」「日本のことが好きな人ばかりに出会う」「経済が悪くなったと感じる時期はなかった」「物価は少しずつ上がっているが、給料も上がっている」と伝えると、とても怪訝な表情になって黙り込む。

運転手たちは、中国からの観光客を乗せることも多いだろう。言葉が通じなくても、かれらの様子から、日常の幸せが脅かされる社会を生きているのか、経済難で苦しんでいるのかなどは伝わってくるのではないか。メディアの伝える中国像とは違う現実に触れたとき、私たちはどのように判断するのだろう。

他方で、日中関係の悪化を懸念する市民が主催した講演会では、関心は少し違っていた。こうした平和集会には、高年齢層の参加者が多い(写真1)。かれらは、「高市発言」後の日本のあり方に、“戦争の予感”を感じ取っている。だからこそ、もう一方の中国は、日本のことをどう見ているのか知りたいと考えていた。かれらの間では、マスメディアが伝える中国情報は信頼できないという感覚が一定程度共有されている。ただ、実際の中国の姿をどこで、どのように知ればよいのか、困っていた。

写真1:日中関係を考える平和集会

かれらの世代は、中国「脅威」論が煽られる社会にあって、敵対姿勢を強めるばかりでは戦争に繋がりかねない、中国との友好を大事にすべきだと感じている。とはいえ、本当にそれで安全なのかと問われると、どこか自信を持てないところもある。聴衆の表情にはそんな不安と期待が入り混じっていた。だからこそ、長く中国に暮らす筆者の話を聴くために集まってきたのだろう。

私が教えている中国の学生の多くは日本留学を経験している。かれらの若い感性は、日本人が気付かないことをたくさん感じ取って帰ってくる。幼少期から日本が大好きだった学生は、日本人の目には“今を生きる中国人”が映っていないことに気が付いた。日本人の中国人像といえば、杜甫や李白、諸葛孔明などの古代文化の後は、一気に戦後の毛沢東主席や周恩来総理の時代に飛ぶ。現在でも、習近平総書記などの国家指導者以外にはほとんど具体的な顔を思い浮かべられない。

隣国ではどんな俳優や音楽が人気なのか。スマホでどんな動画を観ているのか。恋愛や子育て、介護など家庭生活はどうなのか。何に悩み、何に喜びを感じているのか。暮らしや労働などの日常に関心がなく、想像することもない。そういう日本人の姿が少し残念だったと寂しそうに振り返っていた。

言われてみれば、中国に渡る前の私もそうだった。欧米のことなら、人々の意識、社会の仕組み、小説や映画など大衆文化にも関心を持っていた。研究面でも参考にするのは英語圏の文献ばかりで、中国や朝鮮半島でどんな研究が行われているのか考えたこともなかった。

だから、講演では私自身が直接体験している中国を伝えることにした。中国の政治や経済といった大きな話だけでなく、人々の暮らしや消費、趣味、社会福祉の仕組みなどについて具体的な素材写真を見てもらった。日本では、中国の政治と経済は別だとか、政府と民間は違うといった指摘がまことしやかに語られる。そういった単純な切り離しは、その社会の実像を理解することを妨げてはいないか。日本でも中国でも、政府の経済政策に対する関心は高い。「自由経済」を掲げるアメリカでも大統領が露骨に経済や貿易に介入し、世界を「友好国/敵対国」に分断している。「反日/親日」といった単純な捉え方は、実際の中国の理解に役立たない。「どっちの政府が市民の側を向いているかよく分かりました」という感想は示唆的だった。

今回の滞在中いちばん印象深かったのは、大学を卒業して10年前後になる中国人留学生たちとの交流会だった(写真2)。かれらはいま日本の企業で、日本人の同僚と共に働く。結婚して子育て中の卒業生もいた。留学生活を懐かしむと共に、今の会社や地域での暮らしについても語り合った。学生時代から溌剌としていたAさんは、転職して仕事にやり甲斐があると嬉しそうに語った。ただ、残業も多く、事業再編になればまっ先に外国籍の自分が人員整理の対象になる、と言いにくそうに語った。能力や業績よりも国籍で判断される「日本人ファースト」が既に実行されている。

写真2:卒業した日中両国の学生らが集った交流会

IT企業で働くBさんは、おとなしい性格で日本社会に溶け込もうとするタイプだ。世界中で作られる詐欺アプリに対処するプログラムの開発を担う。同僚たちが悪意あるアプリを中国と結び付けて捉えがちだと、控え目ながら複雑な思いを口にした。

2歳になる子どもがいるCさんは、保育園での親や保育士たちの声が気になるという。今後、中国人の子どもだからという理由で嫌な目に遭うなら、「もう中国に帰るしかないかも」とまで感じている。大好きな日本社会が中国人だからという理由で自分たちを差別している、と子どもに教えたくはないのだろう。それでは分断を深めてしまうばかりだと。“戦争の予感”をもっともリアルに感じているのは、在日のアジア人ではないか。

他方で、その話を聴いていた日本人は、かれらがそうした差別や危機感に晒されている現実に戸惑っていた。聞き返して状況を理解しようとしていた。それを責めたいわけではない。すぐ傍にいるアジアの隣人にそうやって耳を傾けるのは、リアルな中国に触れることでもある。しかも、よほどの信頼関係がなければ本当の思いや経験は話しづらい。一人一人が周囲にいるアジアの人々との信頼を拡げていくとき、平和に近づいているのではないか。