櫂の木は眠らない

わが家の小さな庭の櫂の木が薫風に誘われて今年もまた新緑が芽を出している。

中国孔子廟ゆかりの櫂の木であり、夏の強烈な日差しから家を守ってくれている。

11年前の2015年6月26日、政治評論家の森田実先生と山東省に旅した時に、偶然手提げバックに入った種が根を張り見事な櫂の木に育ったのである。

森田実先生の山東大学名誉教授授与式レセプション(2015.6.26)

山東大学名誉教授授与式で記念講演する(2015.6.26)

森田先生の山東大学名誉教授授与式出席のための有志10数名での訪中であった。当時は尖閣問題で日中関係が一段と厳しい局面にあったが、名誉教授授与式には当時の安倍晋三首相からの祝辞も届いた。森田先生を政治の指南役としていた二階俊博幹事長と今井尚哉秘書官の差配であった。授与式での森田先生の記念講演『中日平和友好関係の歴史的意義と21世紀の日本の課題』は日中両国の長い交流の歴史に思いを致す感慨深いスピーチであり、両国の絆を確信するものであった。

森田実先生(左)と孔子墓標前にて

曲阜の孔子廟は孔子生誕の地であり、およそ2500年前、孔子没(前479年)の2年後に魯の国の哀公によって廟とされた。敷地面積14万平方メートルに及ぶ中国最大級の孔子廟である。その日は初夏にもかかわらず刺すような暑さであり、その強烈な陽射しをしのぐため、杏檀門前の庭の木立の陰で休んだところ、ぱらぱらと米粒大の黒い落下物が頭を打った。そのことはすっかり忘れていたが、翌年、愛用の黒いMORABITの手提げバックの底から黒い粒が5個出て来た。どうやら孔子廟の庭で頭上に落下した黒い粒がバックに入り込んでいたらしい。そこでシャーレに水を含ませた脱脂綿にその種を浸して黒い布で覆っておいたところ3粒から芽が出て来たので、試しにと庭に地植えしてみた。そのうちの一個がすくすく育ち、今では直径15センチほどの幹が2階の屋根の軒下まで成長し、夏の強烈な日差しをブロックしている。最近の日本の熱波・酷暑でもこの樹齢9年の櫂の木のお蔭で一階の部屋はクーラー要らずの夏である。

櫂の木が根付いた頃から私の中国との友好交流が深まり、日中友好の懸け橋として活動する機会が増えて来た。特に森田先生の助言で故郷の水戸學に取り組んだが、中国の孔子研究会、孫子兵法研究会などは水戸學を熟知していることが分った。今では明治維新の魁となった水戸學や論語・孫子の講演をする機会に恵まれている。不思議な櫂の木との縁である。

水戸弘道館の孔子廟にも唐から伝わり数百年経つ立派な櫂の木が三本あるが、我が家の樹齢9年の櫂の木は孔子廟ゆかりの真正櫂の木であり、日中友好の絆の象徴でもある。寒い冬が過ぎ春を迎え咲く山茶花、椿に次いで梅のあとの櫂の木の新緑が一気に噴き出し、春の陽光に新緑が鮮やかである。

この庭の櫂の木が風雨にも耐え、厳しい厳寒の冬にも、酷暑の夏にも耐えて数百年、千年と、時代を見つめ続けるに違いないと思うと、この世を超越した浪漫を感じる。孔子廟の櫂の木は、四季折々、そして昼も夜も眠ることなく、数千年の歴史を紡いできたのだ。

さて、国際情勢は数百年に一度の大激動期にある。米・イスラエルのイラン攻撃、イスラエルとパレスチナ・ガザ戦争、ロシア・ウクライナ戦争と、この四半世紀にわたり中東地域の戦禍がより一層激化している。「トランプ2.0」に端を発した未曽有の石油危機、さらには第三次世界大戦への恐怖すら危惧されている。同時にトランプの「G2」によって、米中による新たな世界秩序が胎動しつつある。

それはハンチントンの文明の衝突が現実となり「西洋文明の敗北」すら語られているが、西洋文明と東洋思想の究極の「共存と競争の時代」を迎えつつあるとも言える。

ニューヨーク・マンハッタンから198キロのロングアイランドの最北端モントークから見える大西洋は限りなく広大で壮観である。この対岸にマサチューセッツ州ボストンがある。1904年、ボストン美術館東洋美術館長の岡倉天心もまたこの広大な海を見ていたに違いない。同時に茨城県五浦の日本美術院の眼下に限りなく広がる荒波の太平洋の壮大さも天心の「アジアは一つなり」の思想を育んだに違いない。


美術家にして偉大な思想家である岡倉天心は、アメリカの哲学者アーノルド・フェノロサと共に日本の美術発掘に努め、中国美術視察さらにインドの美術品収集のために訪れたインドでは詩人タゴールとも思想的交流を深めた。

天心は行き過ぎた西洋文化至上主義に警鐘を鳴らし、東洋の思想、文化、美術こそが人間の精神の奥深さを示すものとして英文著作三部作『茶の本』『日本の覚醒』『東洋の思想』を著し、日本文化を世界に発信したのである。

その「東洋の理念」が天心とタゴールにより提唱された碑文「アジアは一つなり」ではないのか。 

激動する国際社会の大転換点にあって、行き過ぎたグローバリズム、行き過ぎた自国ファーストいずれもが世界の秩序を乱すことは自明のことだ。今、日本に求められていることは、岡倉天心が『日本の覚醒』を謳い、究極の人生観として『茶の本』に著した東洋の茶文化の歴史こそ「平和の思想」であることを知らねばならない。

わが家の庭の櫂の木がこれから数百年、風雪にも耐え、根を張り、枝を張り、日中友好とアジアの懸け橋の象徴として平和な時代を迎えることを確信する。

櫂の木は眠らない。