中東の混乱が揺さぶる日中化学サプライチェーン

グローバル・サプライチェーンが高度に結びついた現代において、一見遠く離れた海峡の情勢が、東アジアの産業構造を大きく揺さぶることがある。最近、日本による中国からの化学製品輸入が大幅に増加している。これは一時的な貿易調整にとどまらず、新たな産業シフトの兆候ともいえる。

日本の化学工業は長年、ナフサ分解を基盤として発展してきた。そして、その原料となるナフサの8割以上を中東産原油に依存している。ホルムズ海峡が地政学的緊張によって不安定化すると、日本のエチレン設備は稼働率の引き下げを余儀なくされた。エチレン、プロピレン、ブタジエンといった基礎化学品は、現代産業における「空気や水」のような存在である。ひとたび供給が縮小すれば、その影響は産業チェーン全体へ瞬く間に広がる。プラスチックやゴムから、自動車、家電に至るまで、無関係でいられる分野はほとんどない。

こうした状況の中で、中国は「補完役」として存在感を強めている。データによれば、日本が3月に中国から輸入した高密度ポリエチレンは前年同月比で2.7倍に増加し、ポリスチレンも76%増となった。プラスチック原料全体の輸入も27%増加している。さらに、タイヤ原料となるブタジエンについても、日本は2021年以降、対中輸入をほぼ停止していたが、現在は再び輸入が始まっている。これは、サプライチェーンが「選択可能な協力関係」から、「容易には切り離せない依存関係」へと変化しつつあることを示している。

もっとも、この変化は偶然ではない。日本の石油化学産業は、原油―ナフサ―精製という単一ルートへの依存度が高い。一方、中国は従来型の石油化学に加え、天然ガス由来のエタンを活用したルートや、石炭資源を基盤とする石炭化学工業など、多様な供給体系を並行して発展させてきた。こうした多元的な供給構造は、非常時において高いレジリエンスを発揮する。

たとえば、中国神華能源がポリエチレンの販売量を拡大していることや、中国石油化工股份有限公司がフル稼働を維持するため、定期点検の延期に踏み切っていることは、中国の供給システムが持つ柔軟性を物語っている。

こうした輸入増加は、短期的な緊急対応にとどまるのか、それとも長期的な構造変化へとつながるのか。日本企業の動きを見る限り、不安は着実に広がっている。

一方で、中小企業はキシレンなどデュアルユース品目の通関において、たびたび障害に直面している。そこからは、サプライチェーンが完全に市場原理だけで動いているわけではなく、制度的な選別メカニズムを伴っている現実が浮かび上がる。

その一方で、大企業は特定の代理商との提携を通じて資源を確保し、階層化された供給構造を築いている。これは結果として、サプライチェーン内部に新たな不均衡を生み出しているともいえる。

さらに深い懸念として浮上しているのが、価格競争と産業構造の問題である。中国の低コストな中間材料が継続的に日本市場へ流入すれば、日本国内の化学メーカーは大きな圧力にさらされることになる。

実際、ここ数年、中国の過剰な鉄鋼生産能力が海外市場へ流れ込んだ結果、日本の鉄鋼業界では高炉の縮小が進み、15基あった高炉は10基にまで減少した。さらに追加閉鎖の計画も進んでいる。もし同じ構図が化学業界でも繰り返されるなら、「石化業界の冬」が現実のものとなる可能性も、決して誇張とは言い切れない。

現在、日本企業は調達先の多様化を進めている。しかし、その本質はなお受動的な調整の域を出ておらず、能動的なサプライチェーン再構築には至っていない。真の意味でのサプライチェーンの安全保障とは、単に代替供給先を確保することではなく、システム全体のレジリエンスを再構築することにある。

日本が今後も単一的な原材料供給ルートへの依存を続けるのであれば、たとえ短期的に中国による補完が機能したとしても、その構造的な脆弱性から根本的に脱却することは難しいだろう。

一方で、中国企業の戦略はより能動的である。国内需要の伸び悩みを背景に、余剰生産能力を輸出によって吸収し、その過程でグローバル・サプライチェーンにおける存在感を一段と高めている。中国の化学産業は今、「原料供給者」から「中間材料の主導者」へと転換を進めつつある。

したがって、今回の輸入急増は、表面的には中東危機の波及効果に見えるものの、その本質は日中両国の産業構造の違いが一気に顕在化した現象だと言える。もし中東情勢の緊張が長期化すれば、日本の中国製化学製品への依存はさらに深まる可能性が高い。

そして、その依存が一定の臨界点を超えた場合、日本の化学産業は「規模縮小→コスト上昇→競争力低下」という負の循環に直面しかねない。

中東で起きた一度の地政学的な揺らぎが、いま日中両国の化学産業を新たな分岐点へと押しやりつつある。