六月の北陸、梅雨入り前の金沢城下のしいのき迎賓館の緑地は、早くも人波で賑わっていた。2026年6月13日と14日、「中国フェスティバル2026石川」がこの古都の初夏のそよ風の中で熱気あふれる開幕を迎えた。
開幕式では、石川県知事山野之義氏と金沢市長村山卓氏が一堂に会した。今回のチャイナフェスティバルの実行委員長でもある村山市長は趣向を凝らし、フルートを手に即興で『茉莉花(モーリーファ)』を演奏。清らかな音色が響き終わらないうちから、会場は拍手と歓声に包まれた――村山市長は一曲の中国民謡で、公式スピーチの垣根を一瞬にして取り払ったのである。山野知事は笑顔で「次は私がサックスを持ってきて、『北国の春』を合奏しましょう」と応じた。また、中国駐日企業協会会長の王家驯氏は、日本歌曲『仲間』をアレンジして歌い、最後のフレーズを「石川とともに歩んでいこう」と変えると、会場全体が共鳴し、温かい雰囲気に包まれた。
グルメエリアは、祭りで最も賑わう戦場だった。三十余りのブースが緑地に沿って並び、大連のニラ入り餡餅は香ばしく、東京から駆けつけたキッチンカーでは北京ダック、上海小籠包、台湾式唐揚げが提供され、どこも長蛇の列。地元の中華名店「菜香楼」が新たに提供する麻辣燙(マーラータン)は、真っ赤なスープが湯気を立て、若い食客たちは涙を流しながらも笑顔で味わっていた。
蘇州や大連からの歌舞団の来場は叶わなかったが、音楽ステージもまた感動的だった。琵琶の名手・涂善祥氏は名古屋から三百キロを車で駆けつけ、自作の名曲『白帝城』を奏でると、聴衆はうっとりと聴き入った。二胡奏者・李彩霞氏は多くの日本人弟子を連れ、哀愁を帯びた演奏で観客の喝采を博した。続くステージでは、涂善祥氏、李彩霞氏、そして今回のチャイナフェスティバルの主要スポンサーであるNPO法人日本海国際交流センター理事長・古賀克己氏が、即興で共演。琵琶、二胡、ハーモニカで、日本でも広く知られる二曲『ふるさと』と『里の秋』を情感豊かに奏で上げた。会場からは割れんばかりの拍手と熱狂的な歓声が上がり、ムードは最高潮に達した。14日夕方には、日本の人気音楽ユニットのサンプラザ中野くんとパッパラ–河合が登場し、再び会場を最高に盛り上げ、観客はいつまでも立ち去ろうとしなかった。
閉幕間際、石川県華僑華人聯誼会会長の魏賢任氏は、力強く訴えた。「能登半島地震からの復興のために、一緒に石川を次の『パンダの故郷』にしませんか?北陸の子どもたちが、家の近くで中国の国宝を見られますように!」その言葉に、会場は割れんばかりの拍手に包まれた――その瞬間、パンダはもはや単なるぬいぐるみではなく、人々の心をつなぎ、復興への期待を託す象徴となったのである。
NHKをはじめ地元メディアは連日このイベントを報道し、「両国関係が複雑な中、金沢のチャイナフェスティバルは一筋の清流のようだ」と評した。しかし来場者にとって、その清流とは村山市長のフルートの音色であり、菜香楼の麻辣燙の味であり、パンダのぬいぐるみを離そうとしない子どもの小さな手であり、そして閉幕時に皆が声をそろえて叫んだ「また来よう」のあい言葉だった。
夕日がしいのき迎賓館の屋根を金色に染め、人々はゆっくりと散っていった。パンダが約束した新しい目標は、北陸の暮れなずむ空にひっそりと根を下ろした――もしかすると近い将来、石川の雪景色に一対の白黒の精霊が現れるかもしれない。そしてこの初夏のチャイナフェスティバルは、まさにその夢が始まった場所なのである。
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