中国で暮らし始めて11年目に入った。この間、日本と中国との相互イメージはギャップが大きくなったと感じている。しかも、その落差は非対称的だ。日本における中国のイメージや理解はどんどん現実から離れている。私が暮らしている中国とは別の中国が存在しているかのようにさえ感じる。中国への不信感も大きく、理解し合えない相手だという思いさえ拡がっていないだろうか。
他方で、中国の人々のもつ日本イメージは基本的には良好だ。日本社会で中国に関するネガティブな理解や感情が拡がっていることは、こちらでも知られている。単純に、どうしてそうなっているのかよく分からないと感じている市民が多い。少なくとも日本への憎悪とか敵意といった感情とは掛け離れている。
3月はじめに全国人民代表大会が始まった際にも、政府が経済成長率の目標値を下げたことで、日本では“中国の景気が減速”という報道で一色になった。確かに、中国にもそう感じている人々がいる。ただ、私の生活実感では、日本で30年あまりも続いている景気低迷とはかなり違っているように感じる。
この点をうまく捉えておかないと、ビジネスを含めた日中間の交流は混乱してしまうのではないか。景気が低迷する中国市場から外国企業が相次いで撤退しているという報道もよく見かける。オーストラリアのローウィ研究所はまったく逆の報告書を出した。昨年上半期はスイス、イギリス、UAEなどの対中投資が大幅に伸び、日本からも前年比50%増えたという。
この連載では、上海に暮らす一人の研究者として、中国市民の感覚や考え方、暮らし、社会や文化に固有の文脈などを踏まえることで見えてくる中国の現実に迫っていきたい。
* * *
日本にいる知人の多くが、現在の中国経済は深刻な状況だと認識している。中国にも不景気だと口にする人々はいる。ただ、物価や賃金は下落傾向にあるわけではない。私のような教員でさえ昇給している。家賃も物価に連動して上がっている。失業率は低くはないが、急激に高まっているわけでもない。失業が意味するところにも違いがある。中国社会では食費や光熱水費、交通通信費など生活インフラが安く、失業すればただちに生活が破綻するという状況には陥らない。転職への抵抗感も小さい。生産活動が縮小している部門があるのは確かだが、自動車やロボット業界などは盛況で、全般的な落ち込みとはとても言えない。氷河期世代の一人としてバブル崩壊後の日本を経験した私には、「景気が悪い」とはとても思えないところがある。
中国でも不景気を感じている人がいるのは、消費の質や経済の仕組みが変わってきたことと関連がある。高度成長が続き、耐久消費財がほとんどの人々に行き渡れば、テレビや冷蔵庫などの売れ行きが落ち込むのは当然だろう。日本を含めた欧米先進国でも、同じ状況に直面し、安定成長を続けられる構造への転換が進んだ。それは現在進行形の難題である。グローバル化や情報化、金融経済などを通じて克服しようとしてきたが、行き詰まりを見せている。世界一の経済大国である米国は、侵略や武力行使によって需要を生み出す戦争依存型経済となっている。
高度成長を経験した中国も、同様の構造転換のただ中にあると捉える必要があるだろう。人々の趣味や嗜好が多様化し、お金の使い方が変わった。若者世代のオタク的な消費スタイルは、日本のそれに重なる。健康や美容への関心の高まりは中高年だけでない。教育費も増え続けている。高度成長期に飛躍した部門の幾つかに落ち込みはあっても、不景気と呼ぶには消費も生産も拡大が続いている(写真1)。では、この状況をどう呼べばいいのか。うまく整理できないと、なんとなく「不景気だ」という表現になってしまうのではないか。
写真1:おしゃれな手芸店の様子
大量生産・大量消費から持続的な発展路線への転換という道筋は、先進諸国も辿った。ただ、違いもある。中国は長年にわたって侵略や植民地支配に苦しみ、戦後も封じ込めや制裁が続いてきた。だからこそ、大国に左右されることなく政治的、経済的に自立し、途上国同士では支え合っていこうとする民衆理性が、社会の底流に流れる。これは先進国から見えにくいものだ。欧米圏の製品やブランドに憧れると同時に、ファーウェイやBYDなど国産品への愛着も高まっている。価格面での優位だけでは説明が付かない。制裁があってもそれをバネに発展を続け、先進国の技術やノウハウに依存しなくても自立できるようになったという自負が反映されている。堅実な成長モデルを模索する今の段階で、成長目標値を下げるのはある意味で当然といえる。そこを見過ごして「不景気」とだけ捉えるのは、一面しか見ていないことになる。
もう一つ見えにくいものは、社会という領域である。経済成長や企業利益にばかり注目が集まるが、政府は社会の健全な発展を同じくらい重視している。経済成長が進めば格差が拡大するが、「自己責任論」で放置することはない(写真2)。家賃が高騰する大都市では、若者向けの低価格・高品質住宅が多数用意されている。私の同僚にもそこで快適に暮らす教員がいる。都市部との格差が拡がる農村部では税の優遇や住宅の提供など是正措置が進む。生態系の保護にも積極的で、10年前のPM2.5がウソのように現在の上海では青空が拡がる。その対策は、電気自動車や再生可能エネルギーの普及など先端技術の成長にも繋がった。外国人の私も低価格で医療を受診できる医療保険が整備されている。
写真2:居民委員の住民サービス
市民の社会生活を安定させ、充実させる施策には、かなりの財源が必要になる。だから、新自由主義やアベノミクスのように成長重視の政策では切り捨てられがちだ。しかし、中国は、強く、豊かな者が弱者や困窮者を犠牲にするあり方と決別しようと建国された。社会の改善や安定を後回しにした経済成長では民衆不在である。成長を通じて安定を実現し、それが更なる成長を生み出すという新たな発展モデルへの挑戦に、引き続き注目したい。
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