昇進が決まった日、彼は自分が勝者になったと感じた。しかし、それは日系企業で働く多くの中国人管理職が陥る典型的な錯覚である。
陸氏は名門校の出身ではなく、先輩の紹介でスイッチ機器の代理店に入社した。事業は順調で利益も安定していたが、経営者は現状に満足していなかった。やがて会社は自社開発プロジェクトチームの立ち上げを決断する。安定したキャッシュフローを持つ代理店ビジネスから、資金投下を伴う開発型企業への転換は、大きなリスクを伴う選択であった。
陸氏は自ら志願し、開発チームに加わった。以後の数年間、彼の生活はパラメータ、コード、テストに埋め尽くされる。初の自社開発製品が稼働したとき、彼はチームリーダーへと昇進した。昇給と肩書きの変更——努力の正当な報酬であると同時に、不安の始まりでもあった。
昇進から半年後、彼は変化に気づく。以前は直接判断できていた事柄が、複数の報告や承認を要するようになった。技術的な意思決定でさえ他部署との調整が不可欠となり、見えない圧力が増していく。彼はもはや単なる実行者ではなく、組織構造の一部となっていたのである。これは日本の大企業において、中国人管理職がしばしば直面する現実でもある。
彼は対応力を磨き、調整にも努めたが、状況は改善しなかった。リソース配分は遅く、意思決定は複雑なまま、評価は厳しさを増していく。問題の所在はどこにあるのか。
その折、会社は外部による経営診断を受ける。結論は明快であった。「技術開発はあるが、製品開発がない」。かつて誇りであった技術部門に対し、指摘されたのはビジネスロジックの断絶である。技術力はそのまま市場成功を意味せず、研究開発投資も製品競争力を保証しない。
実際、会社は先行研究に多額の資金を投じながら、収益には結びついていなかった。組織内では、技術部門の独立化、リソース配分の内向き化、市場フィードバックの遅延といった症状が顕在化していた。
このとき陸氏は、自らの努力の方向がずれていたことを初めて自覚する。そして製品開発管理改革プロジェクトへの参加を自ら申し出た。直感的に、これが転機になると感じたのである。
しかし改革は容易ではなかった。各部門から集まった若手幹部たちは、プロセス改革や市場情報の組み込み方について明確な答えを持っていなかった。陸氏は専門家の助言を仰ぎつつ、現場で実証プロジェクトを立ち上げ、試行を重ねた。突出した理論家ではなかったが、最も実行力のある存在であった。
一年後、プロジェクトは本社表彰を受ける。しかし彼自身は、これが本質的なレベルアップには至っていないことを理解していた。
やがて会社は「幹部の現場派遣」を打ち出し、管理職を市場の最前線へ送り込む施策を開始する。陸氏も志願したが、現地で直面したのは、組織・リソース・支援のいずれも不足する厳しい現実であった。本社に支援を求めても、「予算承認が必要」「手続き待ち」「優先度評価」といった合理的な説明が繰り返され、実態としては資源不足が続く。一方で、評価基準だけは厳格に適用される。この構造もまた、日本企業において珍しいものではない。
行き詰まりの中で、陸氏はCS統合メソッドに活路を求めた。
このメソッドの核心は、管理者とは企業価値観の担い手であり、その価値観こそがリソース配分の基準であるという定義にある。組織が小さいうちは優先順位は自然に共有されるが、規模が拡大し複雑化すれば、明確な優先順位がなければ内部摩擦は避けられない。
「現場が最優先である」という原則は、顧客接点こそが最終判断基準であり、資源はそこに集中すべきであることを意味する。現場に立つ管理者は、その優先順位を実行する主体でなければならない。
この原則を踏まえ、陸氏は本社との交渉に臨んだ。姿勢は明確に変わり、対立は経営層にまで及んだが、最終的な判断基準は一つに収斂する。「誰が現場にいるのか」である。この基準のもと、資源は次第に現場へと集中し始めた。
その後数年で、彼の担当エリアは相次いで成果を上げ、彼自身も異例のスピードで昇進を重ねることとなる。
かつて彼は調整役として組織を回そうとした。しかし優先順位が曖昧な環境では、管理者は動き続けるだけで成果に結びつかない。
CS統合メソッドは、組織の中でリソースがどのように配分されるかを決める基本的な考え方であり、「何を優先するのか」を明確にするための枠組みである。とりわけ「現場優先」が共通ルールとして定まれば、部門間の衝突にも判断の基準が生まれ、リソースの使い方に方向性が生まれ、意思決定にも一貫性が出てくる。
日本企業の中で働く中国人管理職は、多くの場合、三つの圧力に直面する。本社に根付く暗黙のルール、現地市場から求められる業績、そして立場ゆえに通常以上に厳しく見られるという現実である。無難な選択を取ることもできるが、その結果は組織の中で埋もれてしまうことにつながりやすい。
昇進後に感じる不安の本質は、仕事が難しくなることではない。これまで通用していた「前例」や「空気」による判断が機能しなくなる点にある。だからこそ、何を優先するのかを自分の中で明確に持てるかどうかが重要になる。
優先順位がはっきりすれば、判断は迷わなくなる。マネジメントは複雑さから解放され、よりシンプルで力強いものへと変わっていく。
CScapital コンサルティング創業者
曹 申
CScapitalコンサルティングの創業者。同社は企業向けコーチングを主軸とする国際コンサルティング企業で、アジア、欧州、北米に展開している。主導して開発したCS統合メソッドは、100を超える戦略実行ツールとして整備されている。中小企業の成長支援に加え、日系企業で働く中国人技術者のキャリアにも実践的な示唆を与えている。
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