厳冬の福州。小さな青い扉から「無用空間」に足を踏み入れると、さわやかな茶の香りとインクの匂いが漂ってきた。1月17日、ここで特別な読書会が催され、黄可彧氏の新著『茶士の芸術――紫雲茶遊記』がお披露目された。数十名の参加者が新著を手にし、目の前には淹れたての一杯の茶がある。まるで、「茶を淹れながら哲学を語り合う」古代にタイムスリップしたかのような情景が広がっていた。
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黄可彧氏(ペンネームを紫雲)の穏やかで控えめな印象は、氏の著作に描かれた茶の世界と重なる。読書会の冒頭で、氏はこの書を書くに至った経緯を率直に語った。ある作文コンクールで受賞し、友人たちの励ましと支援を受け、約二年の推敲を経て、本書に結実したのだという。
本書には三十三篇のエッセイが収められている。いずれも短く簡潔でありながら、清茶のようなさわやかな余韻を残す。黄可彧氏の書は、茶の種類や淹れ方の紹介に重点を置く一般的な茶書とは異なり、茶を媒体とした文化散策の趣が強い。軍事作家の向賢彪氏は序文「愛茶以楽(茶を愛でる)」で、「茶そのものではなく、茶にまつわる人物や出来事、そして茶を愛し茶を探求する中で生まれた人生観や茶の精神が記されている」と述べている。
本書には、実際の体験から得た見聞、茶史にまつわる数々の逸話が記されており、著者の豊かな内面世界を垣間見ることができる。長年の知己である友人は、黄可彧氏を愛国の青年、熱血の青年、文化の青年と評している。この三つの青年像は、図らずも「茶師」の精神的肖像とも言える。
黄可彧氏の新著『茶士の芸術――紫雲茶遊記』
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「茶師とは何でしょうか?」。多くの読者が抱く疑問を、一人の若者が投げかけた。
黄可彧氏はしばし思案してから答えた。「人は読んだ書物や歩んできた道によって、その気質が形づくられると言います。『茶師』の場合、飲んだ茶がじわじわと体に浸透し、その気質をつくっていくのです」。さらに言葉を継ぎ、「『茶師』の核心は『士』の精神にあります。茶を理解し、茶を愛し、洗練された感覚をもつこと、そして何よりも使命感をもつことが肝要です」と語った。
氏は本書において、一見すると的外れとも思えるような事柄にも触れている。すなわち、福州の林則徐記念館や林徽因旧居といった文化財を守るため、上書した経験についてである。本誌編集主幹の蒋豊氏は、ビデオメッセージの中で次のように賛辞を送っている。「茶を語る人は、茶は心を平らかにし、争いを鎮めるものだと言います。しかし、著者は、一見すると『静』に反するかのような行いを通じて、良い茶を飲むことで、昂然たる『正気』、すなわち天地を満たす浩然の気を養うことができるのだと、読者に訴えています」。
黄可彧氏
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黄可彧氏は福州・閩清の生まれである。茶への愛着は、父の湯飲み茶わんの傍らで過ごした幼少期の薫陶に始まる。今なお、醇厚な武夷岩茶と上品な安溪鉄観音をこよなく愛する。会場では、茶藝師が温杯、置茶、高冲低斟といった所作を流れるように行い、賓客に振る舞った。それは、悠然と落ち着いた福建人の暮らしを物語るようであった。
福建において、喫茶は社交行事ともなっており、福建の人びとの文化的遺伝子の一つともいえる。近年、福州で盛んな「四芸」の雅事も、点茶体験などの茶文化イベントも、伝統の現代的表現にほかならない。
本書では、茶と福建の生活様式との関係を、「地域の気候風土に寄せる情愛であり、時を超えて続く人の情誼の共鳴である」と記している。茶を生活の中に取り入れるこの態度は、黄可宇氏の実践哲学であり、福建人の人生哲学なのである。彼らは、努力とは必ずしも慌ただしく駆け回ることではなく、冷静かつ巧みに戦略を練ることだと考えている。
日本から祝福のビデオメッセージを寄せた蒋豊編集主幹
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黄可彧氏は北京第二外国語学院日本語学科で学び、中日の茶文化に通暁する。氏は読書会で次のように語った。「日本の茶道は中国に起源をもち、重厚な中国文化を基盤としつつ、禅の茶文化と日本の政治・社会風土が融合し、『和・静・清・寂』という独自の道を切り拓いてきました。日本の茶道が儀式と精神修養を重んじるのに対し、中国の茶文化は自然と生活の融合を重んじます」。
黄氏は本書で、日本の茶人との交流の逸話を紹介している。ある茶道の家元は「中国と日本の茶道は形式こそ違えど、追求する精神の根幹には通じるものがある」と語ったという。ここに、媒介としての茶文化の価値がある。
質疑応答では、楊多傑氏が創刊し、蒋豊氏が編集主幹を務める雑誌『日中茶界』にも話題が及んだ。茶を媒介として両国の文化交流を促進する同誌は、茶文化は国境を越えることができることを雄弁に物語っている。とりわけ、二国間関係が困難に直面している今、茶を媒介として文化対話を続けていくことができよう。
読書会の最後にサイン会が行われ、黄可彧氏は折々に参加者と言葉を交わしながら、心を込めてサインをしたためた。夕日が傾き散会となっても、茶の香は衣服に残り、言葉は心に刻まれた。福州の冬の午後、参加者は書と茶を媒介として、ともに安らぎのひとときを過ごした。黄可彧氏と新著は、かすかな茶の香のように、人びとの精神世界に静かに浸み入った。
「無用空間」を出ると、福州の街には灯がともり始め、街は依然として賑やかであった。この街のどこかで、静かに一杯の茶を淹れ、立ちのぼる湯気に包まれて頁をめくり、静寂のひとときを過ごす人がいるに違いない。茶人の魂は、一杯一杯の茶に、静かに、そして果てしなく受け継がれていく。
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