虞氏胡・昌泰安茶──百年受け継がれる祁門の味わい

虞氏胡安茶の歴史

祁門県西南部、閶江の中下流域に広がる溶口郷は、四方を山々に囲まれ、雲霧が立ちこめ、渓流が縦横に流れ、土壌も肥沃で、茶樹の生育に非常に適した地域である。この地で生産される祁門安茶は、香りの高い祁門紅茶を世界三大紅茶の一つに押し上げた祁門茶区の中でも、重要な存在である。つまり、祁門茶区では紅茶だけでなく、高級黒茶である祁門安茶も、古くから多く生産されてきたのである。

数多くある祁門茶区の中でも、閶江に隣接する溶口郷は、安茶の流通において極めて重要な役割を果たしてきた。ここは、安茶流通の起点であり、要衝でもあった。

祁門県溶口郷の王氏宗祠

明・清代から民国期にかけて、安茶はこの地で梱包され、木船に積み込まれたのち、溶口郷の広済埠頭から出発して閶江を下り、景徳鎮、鄱陽湖を経由し、さらに贛江を南下して贛州へ至った。そこからは陸路で梅嶺を越えて韶関へ向かい、最終的には広州、仏山、香港、東南アジアなどの主要市場へ運ばれた。

清中期から民国初期にかけて、溶口郷は祁門安茶生産の最盛期であった。安茶の主要産地であり集散地でもあった溶口郷は、祁門紅茶が名声を得る以前に、虞氏胡歴山春、向陽春、胡広生、胡錦春、胡義順、胡元春、王瑞春など、十五もの安茶ブランドを生み出している。

香港の老舗茶店に置かれている陳年安茶

1946年に香港で最後に販売された祁門安茶の生産者「王徳春茶」の旧跡は、今も溶口郷の厳潭村に残り、往時の安茶文化の栄華を静かに伝えている。

現在では、祁門安茶のリーディングカンパニーである祥源安茶の工場も溶口郷に建設されており、この地で安茶の歴史が受け継がれ、さらに発展し続けている。

祁門・溶口郷が築いてきた輝かしい安茶の歴史には、家族経営を中心とした、地域に根ざす中小規模の生産者が数多く関わっていた。彼らはそれぞれが独自の戦略をもち、激しい競争の中でも粘り強く生き残ってきた。その代表的な存在が「虞氏胡歴山春」である。

現在でも、百年以上の歴史をもつ虞氏胡の安茶を大切に収蔵している海外のコレクターは少なくない。筆者は、そうした老茶に付された茶票(茶葉の特別な価値や品質を記した札)を研究することで、多くの示唆を得ることができた。そこに示される知恵は、現代における安茶生産にとっても、極めて有益な手がかりとなるだろう。

虞氏胡安茶の乾茶

虞氏胡安茶の知恵

その茶票には、次のように記されている。

「六安の名は六つの効能に由来する。一に津液を増し、二に熱を和らげ渇きを癒し、三に瘴疫を取り除き、四に邪穢を祓い、五に精力を増し、六に長寿をもたらす」。

(左)虞氏胡老茶票 (右)虞世胡茶票

この一文は、安茶がもつ最大の特長──湿邪を取り除き、脾を健やかにし、五臓六腑の働きを調える──その効能を端的に表している。虞氏胡の古い茶票が示すように、安茶の「湿邪を取り除き、脾を健やかにする」働きはとりわけ顕著であり、早くから広く認知されていた。安茶の主な消費地では、安茶は病を祓い、健康を増進する「聖なる茶」として大切に飲まれてきた。

安茶の効能については、公式文書や医学書にも多くの記録が残っている。『祁門県志』には「瘴気を取り除き、解熱・解毒作用がある」とあり、明代・屠隆の『考槃余事』には「六安茶は質が高く、薬効に優れている」と記されている。清代の名文人・張英は『聡訓斎語』で「六安茶には脾を調える働きがあり、食後に飲むのがよい」と述べている。

さらに、乾隆期に編纂された『本草綱目拾遺』には次のような記述がある。「この茶は骨髄にこもる熱を取り除く働きがあり、古いものほど良い。年希尭の経験方によれば、金銀花七両を選び、熟成した六安茶三両と合わせて粗く挽き、湯で淹れて飲む。一日に数回服すると、天然痘を予防できる」。

古籍の記録だけではない。安徽農業大学・茶学全国重点実験室の寧井銘教授の研究チームは、祁門安茶の「湿邪を取り除き、脾を健やかにする」作用を科学的に解明した。詳細については、同研究チームの成果を参照されたい。

虞氏胡安茶の復活

明・清から民国期にかけて、祁門安茶はその優れた効能と品質によって、輝かしい歴史を築いてきた。

では、私たちはこの栄光をいかにして継承し、いま再び復活させるべきなのか。

その問いに応えたのが、溶口郷に拠点を置く祥源安茶茶業公司の「虞氏胡・昌泰」である。この製品は、安茶の伝統的な製茶技法に現代の科学技術を加え、かつての味わいを見事に甦らせた。

茶湯は芳醇でまろやか、甘みも豊かで香り高い。新茶に見られがちな渋みは大きく抑えられ、新茶でもそのまま美味しく飲め、熟成すればさらに深い味わいが楽しめる。

虞氏胡安茶

元来の味わいを再現するため、祥源安茶の茶師たちは安茶づくりの核心となる殺青、夜露、蒸圧(握堆)、架烘(乾燥)の各工程を伝統技法に沿って見直し、必要な改良を加えることで「虞氏胡・昌泰」を完成させた。

原料は定められた生産地から調達し、溶口郷の茶区でも質が高く、まろやかな風味をもつ茶葉を厳選している。蒸潤・熟成殺青によって渋みを抑え、さらに精製工程を調整して茶葉の長さを適切に整えることで、抽出速度をコントロールし、渋みが出にくいようにした。

殺青の工程では、分層焙煎によって過熱を避け、夜露の工程では茶葉を均一に薄く広げて露を十分に吸収させ、純度の高い仕上がりを目指した。握堆の工程では、茶葉を蒸気で柔らかくして積み置きし、発酵を適切に促した。乾燥の工程では、火力を強から弱へと段階的に調整し、成分の転化を進めて品質を高めている。

このようにして祥源の茶師たちは、安茶の伝統的技法を守りつつ、安茶の成分を効率よく転化させる革新的な方法を築き上げた。湿度と温度を精密に制御することで、従来であれば長い時間を要した成分転化を、短時間で実現できるようになったのである。

その味わいは、一般的な安茶が3〜5年の熟成によって到達する風味と大きな差はなく、新茶でも飲みやすく、熟成したものはさらに格別である。百年の歴史をもつ「虞氏胡安茶」は、こうして再び往時の輝きを取り戻したのである。