楊舸 行知学園株式会社代表取締役
在日外国人ハイエンド人材「戦力化」の加速と展望

いま、人類は文明史上、かつてない変化の只中にある。AIをはじめとする新たな技術革命は、人と人とのコミュニケーションの在り方を変えただけでなく、国家や社会における対話の仕組みそのものにも影響を及ぼしている。こうした時代の転換点において、行知学園は留学生の日本語教育と進学支援を起点に教育市場を切り拓き、日本の外国人教育の枠組みを更新する先駆者として、着実に進学実績を積み重ねてきた。現在は、韓国、アメリカ、英国、東南アジアへの事業展開も視野に入れている。

技術革新と地政学的構造変化が同時に進む中で、行知学園はいま、自らの立ち位置を明確にし、日中の経営者に向けて「2030年に勝つ」ための戦略を提示している。本号では、行知学園創設者の楊舸氏を取材し、多文化人材育成システムの最前線について話を聞いた。

社会的企業としての使命感

―― 行知学園は18年をかけて、進学塾から教育・出版・人材サービスを兼ね備えた社会的企業へと成長してこられました。その原動力はどこにあったのでしょうか。

楊舸 私は、教育の現場に存在する「ギャップ」や「不備」に、以前から強い問題意識を持っていました。2008年に起業した当時、日本の留学生教育には明確な空白がありました。日本語教育を行う機関はあっても、大学進学を見据えた体系的な進学指導を行う機関は、ほとんど存在していなかったのです。その結果、本来高い能力を持つ多くの中国の若者が、十分な機会を得られないまま埋もれていました。

私は、情報格差や教育インフラの不備によって、こうした優秀な人材が機会を失ってはならないと考えました。この課題を解決したいという使命感から、私たちはまず進学指導から事業に取り組みました。その後、多様なニーズに応えるため美術コースを設立し、教材や練習問題の不足という課題に向き合って出版事業にも着手しました。現在では、進学後の就職までを視野に入れた人材支援へと事業領域を広げています。

ソーシャルビジネスを事業とする私たちの使命は、社会が抱える問題に対して、現実的な解決策を提示することにあります。行知学園からは毎年、東京大学に50~60名、早稲田大学に100名を超える合格者が生まれています。卒業生は約6万人にのぼり、多くの学生が大学卒業後に日本の大手企業で活躍しています。

こうした実績は、長年にわたる実直な取り組みの積み重ねによるものであり、単なる事業上の成功を意味するものではありません。適切な環境と支援があれば、海外から来た若者であっても、日本社会の将来を支える重要な担い手になり得ることを、実績を通じて示してきました。

私たちの目標は、行知学園を日中にとどまらず、世界に開かれた人材交流の拠点とすることです。教育を通じて国境を越え、人と未来をつなぐ役割を果たしていきたいと考えています。

求められる日本企業のパラダイムシフト

―― 現在進んでいる高度人材の日本定着や、中国ハイテク企業の日本進出をどのように見ていますか。それは日本社会にどのような影響をもたらすとお考えですか。

楊舸 まず、「在日中国人」を改めて評価し直す必要があります。中国経済の発展に伴い、在日中国人留学生は、より多様な教育環境や総合的な競争力、グローバルな価値観を重視するようになっています。彼らは、研究開発能力やイノベーション力、消費力を日本にもたらす存在であると同時に、日本の主流社会に積極的に関わろうとしています。

最近、ある在日中国企業が「年収1億円で管理職を募集」と公表し、成果に基づく報酬体系や実力本位の人事制度を提示しました。これは、日本企業の従来の在り方に一石を投じる出来事だったと言えます。年功序列を前提とした報酬体系や人事制度を見直さなければ、日本企業は市場だけでなく、若い高度人材からも選ばれなくなるでしょう。

―― 先生は、日本企業が「人材」よりも「日本語ができる人」を重視していると指摘されています。世界的なハイテク人材を獲得するために、日本企業にはどのような意識転換が必要でしょうか。

楊舸 あるデータでは、日本企業の93.1%が外国人留学生の採用条件として、日本語能力試験N1またはN2レベルの日本語能力を求めているとされます。しかし、N1の取得には少なくとも1000時間程度の学習が必要という目安もあります。その同じ時間を専門分野の学習に充てた場合に生まれる価値との差は、決して小さくありません。

経営者は、企業にとって本質的に重要なのは専門的なスキルであり、言語はあくまでコミュニケーションの手段であるという点を認識する必要があります。日本語能力に過度にこだわれば、結果として優秀な人材を取り逃がしかねません。一方で、日本で仕事や生活をする上では日本語が重要な基礎スキルとなるのも事実です。だからこそ、採用段階では専門性や人間性、思考力を重視し、入社後に日本語教育を体系的に提供する――この発想は十分に現実的な選択肢です。

そして、ここで強調したいのは「日本語ができる人材が優秀なのではなく、日本語が十分でない人材の優秀さを日本企業が見抜けていないこと」こそが課題だという点です。日本語力を評価軸の中心に置きすぎると、専門性・地頭・創造性・推進力といった本質的な能力が見えにくくなります。言い換えれば、企業側の評価設計(選考プロセス、面接設計、現場の受け入れ体制)が、グローバル人材の能力を正しく測る前提になっていないのです。

その意味で、シリコンバレーを中心とする米国のテック企業(Apple、Google、Microsoftなど)は、世界中から優秀な人材を惹きつけ、多様性を前提に彼らの知見とネットワークを組織の力へと転換することで、世界市場で持続的な競争優位を築いてきたと解釈できます。日本企業も、言語を「入口での足切り条件」として扱うのではなく、能力を見抜く仕組みと、入社後に伸ばす仕組みの両方を整えることが、これからの競争力の条件になるはずです。

さらに重要なのは、社内のマネジメントにおける臨界点を正しく理解することです。社内の外国人従業員比率が3割を超えると、良好な職場環境を維持するための新たなコミュニケーションの仕組みが必要になります。5割を超えれば、多文化を前提とした経営そのものが不可欠となります。こうした対応を怠れば、人材流出を招くことになるでしょう。

 

「入口」から「出口」までワンストップのシステムを構築

―― 「First Step Japan」サービスについて詳しく教えてください。2030年を見据えた教育改革の中で、行知学園はどのような役割を担っているのでしょうか。

楊舸 「First Step Japan」とは、グローバル人材育成における日本の位置づけを捉え直す考え方です。これまで日本留学は最終目的地として語られてきました。しかし、グローバル化が進む時代において、日本留学は世界の優秀な若者にとって、キャリア形成の「第一歩(First Step)」であるべきだと考えています。

大学教育の本来の目的は、科学的な思考力と自立した人格を備え、研究と革新を続けられる人材を育てることにあります。その点で、日本は世界トップクラスの研究環境、ノーベル賞級の成果を生み出す科学技術力、治安の良さと安定した社会基盤を備えた、優れた「人材育成の場」だと言えます。行知学園は、こうした強みを生かし、進学(入口)から就職(出口)に至るまでを一貫して支援するワンストップの仕組みを構築してきました。

行知学園は、日本国内にとどまらず、中国各地や海外にも拠点を設け、優秀な学生を発掘・育成しています。専門知識の習得を支援するとともに、日本文化への理解を深め、一人ひとりの可能性を磨き、国際社会へと送り出してきました。

今後の人材の流れは、一方的な供給ではなく、双方向・多方向で価値を高め合う形へと移行していくでしょう。世界の人材が日本で力を発揮し、日本企業は彼らを通じて世界とつながる。その循環を支える基盤として、2030年に向けて、行知学園は人材育成のインフラであり続けたいと考えています。

技術、人文・芸術分野に照準を定める

―― 技術革新が急速に進む中、留学生はいかに専攻を選び、キャリアプランを立てるべきでしょうか。

楊舸 AIが技術的特異点(シンギュラリティ)に近づく現在、留学生やその保護者は、「反脆弱性」を前提とした進路設計を考える必要があります。目先の人気だけで専攻を選ぶのは、必ずしも賢明ではありません。技術革新のサイクルは、大学の4年間より短くなる可能性があるからです。

私自身の経験を踏まえ、いくつかポイントを挙げます。まず、事務的・定型的な仕事の多くは、今後AIに置き換えられていきます。その中で求められるのは、理工学系分野でAIを使いこなし、基礎科学を深く理解する技術者、あるいは高い美意識や創造性、共感力を備えた人文・芸術系の人材です。日本には、ハイエンド製造業、物質科学、アニメやアートの分野で、長年培われてきた確かな基盤があります。

次に、日本ならではの強みを生かすことが重要です。日本は、アジアと欧米をつなぐ位置にあり、国際的な研究ネットワークへのアクセスも広がりやすい。留学は、単に学位を取得するための手段ではなく、将来に向けて大きく飛躍するための道だと考えています。

最終的に目指すべき人材像は「スーパーコネクター」です。技術を身につけ、複数の言語を使いこなし、日中両国のビジネスや社会を理解する複合型の人材です。AI時代において、異なる分野の技術や文化を結びつける力は、代替のきかない強みとなります。

「外国人」から「新たな隣人」「良きパートナー」へ

―― 先生は長年にわたり、中日の経済・文化・人材教育交流の促進に尽力してこられました。その中で、最も強く訴えたいメッセージは何でしょうか。2030年に向けた中日民間交流について、どのようなビジョンを描いておられますか。

楊舸 「空気を読む」「完璧な日本語を話す」といった既存の規範に固執し続ければ、日本は中国や世界の優秀な人材を失っていくことになります。日本の国力を高めるために必要なのは、外国人を一方的に同化させることではありません。異なる文化的背景をもつ人びとが、それぞれの強みや個性を生かしながら社会に溶け込み、「1+1>2」の力を生み出す仕組みを構築することです。その際、観光客・就労者・高度人材は切り分けて考えるべきです。

2030年に向けた中日民間交流は、観光や相互訪問にとどまらず、「知性と夢の融合」であるべきです。進学計画とは、親子で「10年後」の世界を思い描くことでもあります。国際情勢はどう変わるのか、経済やテクノロジーはどこへ向かうのか、どのような人生を送りたいのか。高校3年、大学4年、修士課程2年、社会に出てからの1年――これでおよそ10年です。進路計画とは、この期間を見据え、学び方や将来像を考えることだと言えます。同時に、大学や企業が求める人材像を見極める視点も欠かせません。

そのためには、十分な情報とデータ、長期的な統計、そして専門家の視点や国際的な見方が必要です。国内動向だけでなく、外国語を通じて海外の分析や予測に触れ、理解することが重要です。情報が多いほど判断の精度は高まり、多様な視点を持てば、流行に左右されにくくなります。

10年ほど前は、プログラミング、土木・建築、シェアリングエコノミー、英語力を生かせる仕事などが安定した職業とされていましたが、現在では競争が激化している分野もあります。一方、バイオ、人工知能、高齢者介護、低空経済、ロボットといった分野は、かつてはSFの世界と思われていた領域が、技術革新と産業・社会のニーズに後押しされ、新たな成長分野として注目されています。

留学先についても同様です。かつて留学先として最も人気の高かったアメリカは、多くの中国人学生にとって費用対効果が下がっていますが、日本は費用、機会、安全性、生活環境の面で、相対的に魅力を高めています。

留学生は、語学力や学歴だけでなく、「世界に出て行く過程」そのものを経験しています。異文化に触れることで世界観が養われ、変化に適応する力が培われます。想像力を欠けば、急速に変わる世界についていくことはできません。

さらに重要なのは、留学が一方向の移動ではなく、多元的な選択肢になっているという点です。人材が国境を越えて自由に動く時代において、「どこを起点とするか」は極めて重要です。価値観や学び方、人間関係をどこで形成したかは、その後の10年を大きく左右します。

その意味で、日本は「世界観の礎を築く」場として適した国だと思います。中国とアメリカという二大国の間に位置し、アジア的価値観と西洋の制度・近代化の経験を併せ持つ日本は、多元的な視点を備えた社会です。今後10年の不確実性に向き合い、異文化競争力を身につけたい若者にとって、日本は寛容で堅実、開かれた環境を提供できます。だからこそ、私たちは日本を長期的な人生設計の起点に据えるべきだと考えています。

私は「教育で世界をつなぐ」という理念のもと、行知学園を「多方向の人材交流」を支える基盤にしていきたいと考えています。2030年には、日本で「外国人」という言葉が、「新たな隣人」そして「良きパートナー」を意味する言葉として受け止められる社会になっていることを願っています。

取材後記

人を育て、橋を架ける。行知学園は、完成度の高い人材育成システムを通じて人を育て、社会に計り知れない価値を生み出している。「知は行の始なり、行は知の成るなり(行動を伴わない知識は未完成である)」。結局のところ、世界は、希望ある若者たちのものである。