『日中茶界』編集長・楊多傑(左)と寧井銘教授(右)
安茶(An tea)は、中国安徽省祁門県で生産される伝統的な黒茶で、200年以上の歴史をもつ。国家地理標志製品にも認定されており、その独特な熟成製法と豊富な生物活性物質から、伝統茶文化では「聖茶」とも称されてきた。しかし、安茶の現代的な健康成分に関する科学研究は、依然として十分とは言えない。近年、茶葉が天然の機能性食品として脂質代謝や腸内細菌環境の改善に寄与する可能性が広く注目されている。
本誌では、安徽農業大学茶業学院の陳貴傑教授と寧井銘教授を特別に招き、まず安茶の伝統的な製法と文化的背景を整理したうえで、脂質代謝調節、腸内細菌改善、多糖類のプレバイオティクス活性といった分野における最新研究成果を解説していただいた。
本稿は、安茶の機能性食品としての開発、および黒茶類製品が現代の消費ニーズに適応するための基礎理論と科学的根拠を提供することを目的としている。

はじめに
茶は世界三大飲料の一つであり、中国においては生産・飲用の歴史が極めて長く、その健康効果についても高い関心が寄せられている。黒茶は中国六大茶類のひとつで後発酵茶に分類され、加工や貯蔵の過程で多様な微生物が関与するため、緑茶や紅茶とは異なる独特の理化学組成と生物活性が形成される。すでに多くの研究によって、普洱茶(プーアル茶)・茯磚茶(フーブリックティー)・六堡茶などの黒茶は、茶多糖・茶褐素といった機能性成分を豊富に含み、脂質代謝の調節、炎症反応の抑制、腸内フローラの改善など複数のメカニズムを通じて、抗肥満および代謝調節の健康効果を発揮することが明らかになっている。
安茶(An tea)、別名「軟枝茶」は、安徽省黄山市祁門県で生産される伝統的な黒茶であり、200年以上の歴史を持つ。現在では国家地理標志保護製品にも指定されている。安茶は茶樹の新鮮な葉を原料とし、殺青・揉捻・乾燥によって毛茶を作ったのち、再火、篩分、風選、選別、混合、露茶(夜露)、蒸軟、去灰、籠詰め、乾燥など十数工程に及ぶ精製加工を経て製品となる。
茶葉は締まりがよく黒褐色で、香りは高く長く続き、茶の色は明るい橙黄色、味は甘く爽やかでまろやかである。さらに、安茶には特徴的なビンロウ(檳榔)香やチマキ(粽)葉の香りが備わっている。安茶は「陳を貴ぶ」こと、すなわち熟成を重んじ、通常は3年以上貯蔵されてから市場に出されるため、熟成度が高いことも特長である。
中国南方の嶺南地域や東南アジア諸国では、安茶は高品質な飲料として広く愛飲されるだけでなく、際立った「薬茶」としてのイメージから「聖茶」として尊ばれてきた。伝統医学や民間では、安茶は「清熱解毒・理気除湿・消食生津」など多様な健康効能を持つとされ、茶文化および健康領域において重要な地位を占めている。
しかし、普洱茶や茯磚茶などの黒茶と比較すると、安茶に関する科学研究は明らかに遅れている。長年にわたり、その健康価値は歴史的記述や地域の経験に依存しており、現代科学による実証が十分ではなかった。近年、腸内フローラがカロリー代謝や脂質代謝の調節において重要な役割を果たすことが広く注目されるにつれ、安茶の潜在的な健康価値も研究者から徐々に重視されるようになった。
2025年、安徽農業大学の研究チームは、国際学術誌 Food Bioscience と Fermentation に相次いで安茶の健康活性に関する代表的成果を発表し、安茶が代謝調節や微生態(=腸内環境)に作用する初歩的な機能を明らかにした。
本稿はこれまでの研究を踏まえ、上記二つの最新成果を併せて、安茶が脂質代謝の調節、肥満予防、腸内フローラ構造の再構築、多糖類によるプレバイオティクス活性といった面でどのような研究の進展が見られるのかを体系的に整理したものである。安茶を機能性食品として開発するための科学的根拠を提供するとともに、黒茶類製品が現代のニーズに適応し高付加価値化するための参考となる道筋を示すことを目的としている。

1.安茶による脂質代謝調節に関する研究の進展
肥満やその関連疾患が急増するなかで、天然で安全な脂質代謝調節手段を探ることは、今日の研究分野における重要なテーマとなっている。とりわけ黒茶は、後発酵の過程で茶多糖や茶褐素などの活性成分が形成されるため、脂質代謝の調節や脂肪低減に notable な潜在力を持つことが複数の研究から示されている。
2025年に Food Bioscience に掲載された研究では、貯蔵年数の異なる祁門安茶を用い、高脂肪食を与えたマウスの肥満モデルに対して代謝調節作用が体系的に評価された。12週間にわたり安茶の水抽出物を投与した結果、マウスの体重増加と脂肪蓄積はいずれも有意に抑制され、肝臓や鼠径部、精巣上体、腎周囲の脂肪組織の重量が大幅に減少した。これにより、安茶が抗肥満作用を備えていることが明確になった。
血液および肝臓の生化学指標にも改善が確認され、血漿中の総コレステロール(TC)、トリグリセリド(TG)、LDLコレステロールがいずれも低下し、肝臓内の脂質含量も減少した。また、血清 ALT・AST の濃度が下がったことで、安茶が肝機能の保護にも寄与していることが示唆された。組織学的観察でも、肝臓の脂肪滴蓄積や脂肪細胞の肥大が大幅に軽減している。
その作用メカニズムを探るために実施された肝組織のトランスクリプトーム解析では、安茶が脂肪酸代謝にかかわる遺伝子(Acot1・Acot3・Acot4・Elovl2・Cyp4a10・Cyp4a31 など)を活性化し、逆に脂質合成に関連する遺伝子(Scd1・Sptlc3・Mogat1 など)を抑制することが明らかになった。つまり、安茶は脂肪酸の分解を促し、脂質の新規合成を抑えることで、脂質代謝全体をバランスさせている。

さらに、安茶は基礎代謝量を高める作用も確認され、酸素消費量(VO₂)、二酸化炭素排出量(VCO₂)、熱産生がいずれも顕著に増加した。これは、安茶がカロリー消費の促進を通じて脂質代謝の調整を補助していることを示すものである。
以上の結果から、祁門安茶は複数の経路と標的を通じて脂質代謝を総合的に調節し、抗肥満作用や代謝異常の改善につながることが明らかになった。また、貯蔵年数が異なる安茶であっても、いずれも安定した代謝調節効果を持つ点は特筆に値する。
2.安茶によるマウス腸内フローラ構造の改善に関する研究
腸内フローラは、宿主の代謝調節を支える重要な生態要素であり、その構成バランスは多くの代謝性疾患と密接に関係している。これまでの多くの研究により、茶葉は腸内微生態を整えることで肥満や糖尿病といった代謝性疾患を改善し得ることが示されてきた。こうした背景を踏まえ、研究チームは 16S rRNA シーケンス技術を用いて、異なる貯蔵年数の祁門安茶が高脂肪食負荷マウスの腸内フローラに及ぼす影響を詳細に調査した。
その結果、安茶を摂取したマウスでは腸内フローラのα多様性が有意に高まり、腸内微生態の安定性維持に寄与していることが分かった。主成分分析(PCA)や Bray–Curtis クラスター分析でも、安茶の介入が腸内フローラの構造を明確に変化させることが確認され、さらに貯蔵年数の違いに応じて、異なるクラスターを形成する傾向がみられた。つまり、安茶の腸内フローラ調節効果には一定の「貯蔵年数依存性」が存在する可能性が示されたのである。
分類階層を門(phylum)レベルでみると、安茶の摂取によって Firmicutes の豊度が有意に低下し、Bacteroidota の相対的豊度が増加した。結果として、肥満リスクの指標として広く用いられる Firmicutes/Bacteroidota(F/B)比が効果的に低減された点は注目に値する。
属(genus)レベルでみると、安茶は Erysipelatoclostridium などの病原性菌の増殖を抑えつつ、Coriobacteriaceae_UCG-002、Ileibacterium、Acetatifactor といった有益菌の割合を高めた。特に貯蔵10年の安茶では Bifidobacterium や Blautia が顕著に増加し、これらの菌は腸管バリア機能の強化、脂質代謝の調節、抗炎症作用など多面的な健康効果と関連している。
また、相関解析では Coriobacteriaceae_UCG-002 の増加が体重、血中脂質、肝酵素値など複数の代謝指標と負の相関を示した。このことから、安茶が代謝改善を導くうえで、特定の腸内微生物を重要なターゲットとして働きかけている可能性も浮かび上がっている。
これらの研究結果を総合すると、安茶は有益菌の増殖を促し、病原性菌の抑制を通じて腸内フローラの構造と機能を改善し、その結果として抗肥満作用や代謝調節作用を支える微生態学的な基盤を形成していることが明らかとなった。
祁門安茶の高火加工法
3.安茶多糖のプレバイオティクス活性
食事に含まれる多糖類、特に天然由来の非デンプン多糖は、腸内フローラを整え、短鎖脂肪酸(SCFAs)の産生を促す「プレバイオティクス」として注目されている。黒茶に豊富に含まれる茶葉多糖もその重要な機能成分の1つであり、近年その健康効果がさらに関心を集めている。
2025年に Fermentation 誌に掲載された研究では、安茶から抽出した多糖(ATPS)について、消化されにくさ、腸内発酵の特性、そしてプレバイオティクスとしての働きが詳細に検証された。
まず、模擬消化試験では、ATPS の総糖量、還元糖量、分子量のいずれにも大きな変化がみられなかった。口腔・胃・小腸といった消化過程を経ても分解されにくく、ほぼそのまま大腸に到達することが確認されたのである。これは、ATPS が腸内細菌の“良いエサ”として直接機能しうることを意味している。
次に行われた模擬腸内発酵試験では、ATPS が腸内細菌によって積極的に利用され、糖成分が大きく減少した。また、発酵24時間以内に総SCFAs濃度は 6.10 mM から 40.88 mM にまで上昇し、対照群を大きく上回った。中でも酢酸とプロピオン酸の増加が顕著で、これらは腸のバリア機能維持や脂質代謝の調節、インスリン感受性の向上などに重要な役割を果たすことが知られている。
さらに16S rRNA 解析によると、ATPS は Lactobacillus、Bifidobacterium、Prevotella などの有益菌を増やし、Desulfovibrio、Escherichia、Veillonellaといった潜在的有害菌の増殖を抑えることが明らかとなった。安茶多糖が腸内フローラ全体の構造を良い方向へ導く働きを持つことが実証されたといえる。
研究チームは、ATPS の体内での作用も評価するため、健康な C57BL/6 マウスに4週間投与する実験も行った。その結果、体重や臓器指数、炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-α)に異常はみられず、安全性が確認された。一方で、腸内の Lactobacillus や Bifidobacterium は明らかに増加し、ATPS が体内でも強いプレバイオティクス作用を発揮することが裏付けられた。
4.結論と展望

安茶は中国伝統黒茶の代表として、独自の熟成製法と豊富な機能性成分を備え、脂質代謝の調節や腸内細菌叢の改善といった領域で高いポテンシャルを示している。近年の研究によって、安茶が複数の標的に働きかけるメカニズムを通じて脂質代謝を制御し、エネルギー消費を高め、有益菌の増殖を促し、多糖によるプレバイオティクス活性を発揮するなど、さまざまな生物学的作用を持つことが明らかになりつつある。これらの成果は、安茶の機能性評価に関する基礎的エビデンスの蓄積に寄与している。
一方で、安茶に関する現代科学的研究はまだ緒に就いたばかりであり、関連文献の数は普洱茶や茯磚茶など他の黒茶に比べて著しく少ない。特に、機能性の作用機序(発現メカニズム)を体系的に解明した研究は不十分である。また、安茶特有の複雑な加工法や熟成工程が健康機能にどのような影響を及ぼすのか、さらに各加工段階や貯蔵年数の違いが成分変化・生物活性にどのように関わるのかといった点は、今後詳細な検討が必要である。
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