世界で広がる日本茶ブーム――新たな消費風景

 

バンコクのサイアムスクエアにある日本式カフェで、28歳の会社員ナターシャが抹茶ラテを味わいながら、カップに広がる緑のグラデーションをスマートフォンで撮影していた。その写真はSNSで100件以上の「いいね」を集め、タイ消費レベル向上を象徴する一枚となった。

日本の財務省の最新データによると、2025年上半期にタイは日本茶を126億円分輸入し、アジア最大の消費国となった。前年比270%増という驚異的な伸びで、紅茶が中心だったこの国で、いま日本茶が新たな人気を集めている。

この茶飲料ブームの背景には、タイの中産階級に広がる「クリーンラベル」(食品表示を重視する)志向がある。バンコクのチュラロンコン大学消費トレンド研究センターによると、タイの消費者は人工添加物に対して敏感になっており、その割合は過去3年間で42%も増加したという。日本茶の「無添加」や「高い抗酸化作用」といった特徴は、まさにこうした需要に合致している。

伊藤園などの日本茶企業は、包装に茶ポリフェノールの量を表示したり、冷たいお茶専用のティーバッグを発売したりといった工夫を重ねてきた。こうした取り組みにより、伝統的なお茶は「健康的なライフスタイルの象徴」として新しい価値を得ることに成功した。

さらに注目すべきは、飲食の場への広がりである。丸紅の調査によると、タイ国内の日本食レストランはこの5年で3倍に増え、抹茶スイーツや玄米茶付きのメニューが日本茶の消費を後押ししている。バンコクの高級スーパー「グルメマーケット」の茶バイヤーは、「日本の煎茶はリピート購入率が65%に達し、中にはお湯の温度まで指定する消費者もいる」と話す。

かつてアジアの日本茶市場でトップだった台湾は、いまやタイに抜かれた。2024年、日本からタイへの抹茶輸出量は前年比410%の急増を記録したのに対し、台湾向けは18%の伸びにとどまった。ただし台湾の輸入額も8%増えており、需要が減ったわけではなく、タイ市場が急拡大していることを示している。台湾茶業促進会の理事長は「タイ市場は『新しさの追求』から『品質重視』へと移行しているが、台湾はすでに安定した消費段階に入っている」と分析している。

このデータは、アジアの茶飲料市場が再編されつつあることを示している。日本茶の輸出先トップ10には、中国、タイ、ベトナム、マレーシアの4カ国が入り、合計で300億円を超える新興市場をつくっている。この動きはアジアの中産階級の増加と結びついており、世界銀行によると東南アジアの中産階級人口は2030年に3億5000万人を超え、高級茶飲料の大きな消費基盤になると見込まれている。

日本茶ブームはアジアだけにとどまらない。2024年、日本の緑茶輸出量は1万8000トン、金額は600億円を超え、いずれも過去最高となった。その中でも米国市場は前年比25%増と最も大きく伸び、抹茶ラテは北米のスターバックスで定番メニューになっている。さらに欧州でも「茶道体験」ブームが広がり、ロンドン日本文化センターでは年間5万人以上が茶道を学んでいる。

この文化輸出の背景には、丁寧に築かれたブランド戦略がある。日本茶業中央会が進める「緑茶の表示基準」制度では、栽培から加工・包装までの工程を標準化して管理し、輸出用の茶パッケージには必ず追跡可能なQRコードが付けられている。

京都の老舗・一保堂茶舗の七代目当主はこう語る。「私たちは単に茶葉を売っているのではなく、『わびさび』の美学そのものを輸出しているのです。ヨーロッパの消費者が茶せんや茶碗といった道具に高い値段を払うのは、文化的なアイデンティティを価値として認めているからなのです」。

バンコクのセントラルワールド商業センターの展望台から見下ろすと、巨大な日本茶の広告と、その周囲に並ぶタイ式ミルクティー店が鮮やかな対照を見せている。この茶飲料市場の変化は、世界的な消費の高度化を映すと同時に、ビジネス競争で文化的なソフトパワーの重要性が増していることを示している。

いまやタイの若者は日本語で「玉露」と「煎茶」の違いを語り合い、ベトナムの中産階級は本格的な茶器セットに積極的にお金を払うようになった。茶碗の中で揺れているのは、もはや味覚の楽しみだけではない。