
―― なぜ当初、制作チームは陸羽の『茶経』を題材に選び、あえて西洋オペラという形で東洋の文化を表現しようと考えたのでしょうか。
眞鍋 このオペラの構想は、実は1993年にはすでにありました。1990年代は、社会全体が2000年のミレニアムに向けて期待を高めていた時代で、新しいものを生み出そうという空気が強くありました。サントリーホールも、その節目にふさわしい新しい音楽作品を作りたいと考えていたのです。
サントリーホールは、一般的なオペラハウスとは上演のスタイルが大きく異なります。オーケストラは舞台下のピットではなく、舞台の上で演奏されるなど、独自の特徴があります。そのため、このミレニアム作品も従来の形にとらわれず、サントリーホールのために作る新しいタイプのオペラにしたいと考えました。いわゆるホール・オペラ®のための初めてのオリジナル作品です。

創作の方向性が固まった段階で、真っ先に思い浮かんだのがタン・ドゥン(譚盾)氏でした。タン氏は著名な作曲家で、その実力は言うまでもありません。すでにサントリーホールのために作品を手がけた実績もあり、私たちの構想ともよく合うと感じました。なお、この時はまだ映画『グリーン・デスティニー(臥虎蔵龍)』でアカデミー賞作曲賞を受賞する前で、お引き受け頂けました。
1998年頃、タン氏はニューヨークと上海を行き来しており、私はニューヨークまで出向いて直接会い、このオペラの制作について話し合いました。場所はメトロポリタン歌劇場の中にある書店でした。打ち合わせを終えてリンカーン・センターを出たあと、横断歩道を渡るときに、タン氏が「もう茶の香り 聞こえる」と合唱のメロディーを口にしたことを、今でもよく覚えています。
もともとタン・ドゥンは、茶をテーマにした室内オペラを作りたいと考えていたそうです。私もテーマが素晴らしいと、この点で意見が一致し、茶を軸とした作品づくりがすぐに決まりました。
茶は東洋文化を象徴する存在です。この作品を通して、東西の文化をつなぎ、相互理解を深めたい――そうした思いから、本作のテーマが固まりました。

―― 制作にあたって、最も難しかった点はどこにあり、どのように乗り越えたのでしょうか。
眞鍋 一番の難しさは、「茶」というテーマをどう理解し、どう表現するかにありました。中国や日本をはじめ、世界各地に茶を飲む習慣はありますが、その楽しみ方や背景にある文化は大きく異なります。たとえば日本は茶道で知られているのに対し、中国では「茶道」という形こそありませんが、より広く深い茶文化が日常の中に根づいています。
タン氏からは、古代中国では富裕層の家で、主人に呼ばれた女性が茶の風呂で身を清めてから部屋に入る、といった話を聞きました。そうした場面を作品に取り入れたいという考えもありました。
ただ、このオペラは日本のサントリーホールの委嘱作品で、そこで初演されるのですから、日本の観客にも伝わりやすい要素が必要だと考えました。そこで、日本の茶道の要素も一部取り入れることを提案しました。すべてを描く必要はなく、茶が中国で生まれ、日本で独自の文化として発展していった流れが感じられればよい、という考えです。
当時、タン氏は日本の茶道について詳しくはありませんでしたが、強い関心を持っていました。そこで私は、日本の著名な茶道研究者である熊倉功夫先生にお願いして、京都で三泊四日の茶文化の視察旅行を行いました。
一行は高山寺を訪れ、日本最古の茶園を見学しました。熊倉先生からは、茶道の歴史について丁寧な説明を受けました。茶は嵯峨天皇の時代に中国から伝わり、その後、日本の風土や禅の思想と結びつき、さらに室町時代には武士の文化とも融合していきました。そして最終的に、千利休によって茶の湯が大成されます。また、その過程で、陸羽の『茶経』が日中両国の茶文化に与えた影響についても、繰り返し話し合いました。
この京都での視察を通じて、タン氏は中日両国の文化、とりわけ茶文化の成り立ちや違いへの理解を深めました。その後の創作では、その経験をもとに、中日それぞれの要素を作品の中に取り入れ、舞台として表現しています。
本作は、机上の発想だけで作られたものではなく、実際の調査や体験に裏打ちされた作品です。そのため、劇中で描かれる茶は、中国や日本のどちらかに限られるものではなく、東洋の文化として広く捉えられています。
―― 本作の内容について、日中両国の茶を愛する読者に向けてご紹介ください。
眞鍋 物語は、日本の皇子と唐の公主(皇女)との間に生まれた「茶をめぐる縁」を描いたものです。
舞台は9世紀、日本・京都。古寺で、高僧となった聖嚮が茶の教えを説いています。空の茶碗を前に、茶を飲む所作や音、味わいを通して、心を静めて「無」に至る境地を説く中で、ふと昔の恋人である蘭公主の名を口にしてしまいます。そこから、彼がかつて日本の皇子であったことが明らかになり、十年前の出来事が語られ始めます。
十年前、聖嚮は日本の皇子として唐に渡り、長安を訪れました。宮廷ではおりしも、公主と皇子たちが『西遊記』の劇を上演していました。この劇の内容である、『玄奘が真の経典を求めるために旅にでる。』ということが、後の真の『茶経』を求める旅への伏線となっています。聖嚮は、心を通わせていた皇女、蘭公主に求婚します。唐の皇帝はその才を認め、「茶」を題に詩を作るよう命じます。聖嚮は見事な詩で応え、婚姻の許しを得ますが、弟である皇子(皇太子)は蘭への想いのあまり聖嚮への憎悪をあらわにします。
折しも、ペルシャの王子から、皇子の所有する『茶経』を千頭の馬と交換したいとの申し出が届きます。しかし聖嚮は、それが偽物であると見抜きます。かつて茶聖・陸羽のもとで真本を目にしていたからです。聖嚮は真実を確かめるため、陸羽にその証を求めようとし、皇子と命を賭けた対決に臨みます。蘭公主は、愛する人と弟との間で深く心を痛めます。
賭けに決着をつけるため、聖嚮は蘭公主とともに南方へ向かい、真の『茶経』を求め、陸羽を訪ねます。道中、茶にまつわる伝承やその奥深さに触れながら旅を続けますが、ようやく辿り着いたときには、陸羽はすでに亡くなっていました。陸羽の娘は、「真の『茶経』を世に広め、人を思いやる心を忘れないこと」を託し、二人に真本を手渡そうとします。
しかし、その場に皇子が現れ、『茶経』を奪って聖嚮に刃を向けると、蘭公主が間に入って止めようとして弟の剣に倒れてしまいます。やがて駆けつけた皇帝は娘の最期を見届け、深い悲しみに沈みます。皇子もまた自らの過ちを悔い、剣を聖嚮に差し出して死を願い出ます。一方、すべてを失った聖嚮は復讐を選ばず、自ら髪を断って出家し、俗世を離れて修行の道へと入るのでした。

―― 物語は非常に起伏に富んでいて、井上靖の小説『敦煌』を思わせるところもあります。本作制作にあたって、最も伝えたかったテーマは何だったのでしょうか。
眞鍋 本作は、タン氏が芸術監督・作曲・指揮を務め、中国歌劇舞劇院の脚本家・徐瑛氏とともに台本を制作した作品です。三幕構成の西洋オペラの形式をとり、日本の皇子と唐の公主の愛を軸に物語が展開します。物語は、高僧となる聖嚮と蘭公主を中心に進み、茶文化を背景に、『茶経』の真本と偽本をめぐる対立が描かれます。
さらに、蘭公主が愛する聖嚮と、実の弟である皇子との間で、生死を賭けた対立が生まれ、物語に大きな緊張をもたらします。こうした展開を通して、愛する恋人と家族の間での選択という難しさや、人が欲望や執念に直面したときに何を選ぶのかといったテーマを描いています。皇帝が蘭を失った時の深い嘆きの言葉:『君なくしては、人生は死に等しい』は、今の戦争で若者達を失った、親達の心境さえ思い浮かべる、究極の愛、平和がテーマです。
この作品は、ロマン的な要素と象徴的な表現をあわせ持っており、作品としての魅力を高めています。古今東西の名作を見ても、多くは悲劇として終わり、愛と死という普遍的なテーマを描いています。そうした物語は、人間とは何かを考えるための大きな余白を残し、さまざまな解釈を生み出してきました。
台本を手がけた徐瑛氏も述べているように、生命の意味を問い続け、人間の本質を見つめることは、あらゆる芸術に共通する重要なテーマの一つだと思います。そうした根源的な問いに向き合い、人間や生命の核心に触れる物語こそが、時代や国境を越えて、広く受け入れられていくのではないでしょうか。
この作品は普遍的な価値を持ち、英語のテキストに翻訳されて世界各地で上演され、多くの人に受け入れられる力を備えていると感じています。また個人的には、この作品は蘭公主に象徴されるような、東洋の女性が持つ献身的な精神の美しさも描かれていると思います。

―― 本作の音楽や舞台で、特に注目すべき点はどこにありますか。
眞鍋 本オペラの音楽には、全編を通して東洋的な要素が取り入れられています。タン氏は、中国の古詩の朗誦のリズムや、伝統劇の語りや歌い方、さらには東洋音楽特有の旋律やリズムを巧みに取り入れ、独自の音楽世界を作り上げました。また、舞台表現では、三幕それぞれに自然素材の音(『茶経』に書かれている茶をたてるのに必要な要素で、タン氏は、これを有機音楽と題しています)を取り入れ、物語と呼応させている点も見どころです。音と舞台が一体となって展開していくところに、ぜひ注目していただきたいと思います。
第一幕は「水と火」、第二幕は「紙と風」、第三幕は「陶と石」。それぞれの幕で、自然の音を取り入れた独自の演出が展開されます。たとえば、「水」の場面では、手で水を打ったり、道具を使って水の流れや滴る音を生み出します。「紙」の場面では、長い紙の幕を叩いたり揺らしたりするほか、吹いたり、破いたり、揉んだりして音を作り出します。それは「火」をおこすために必要な「風」を意味し、さらに「石」の場面では、僧侶の合唱が石を打ち鳴らし、リズムを刻みます。
音楽面では、タン氏は現代クラシックと湖南の民俗音楽を融合させ、自然の音を強く意識した表現を取り入れています。オーケストラや声楽に加え、自ら考案した「Water Percussion」、青花磁の壺、水がめ、陶の太鼓、さらには紙といった身近な素材を楽器として用いているのも大きな特徴です。こうした音は、単なる効果音ではなく、それぞれに意味を持って使われています。第一幕では水の音で再生やよみがえりを、第二幕では紙を通して風を感じさせ、第三幕では陶や石の音によって運命を表現しています。

―― 個人的には、水・火・風という三つの要素を抽出し、際立たせた演出が非常に印象的だと感じました。陸羽の『茶経』「四之器」にも、重要な茶器として風炉が挙げられていますが、そこに備わる要素もまさに水・火・風です。こうした点からも、タン氏をはじめ制作陣が『茶経』を深く読み込んでいることがうかがえます。
最後にお伺いします。この作品を無事に上演できた背景には、多くの方の尽力があったと思いますが、特に感謝の思いを伝えたい方はいらっしゃいますか。
眞鍋 この作品は、多くのスタッフや出演者の協力によって実現しました。台本や音楽をはじめ、関わったすべての方に心から感謝しています。そのうえで、あえて一人挙げるとすれば、サントリーホールの創設者である佐治敬三氏です。
佐治敬三氏は、日本を代表する実業家であり、サントリーの二代目社長を務められた方です。
佐治氏は、「オペラは西洋から伝わった芸術だが、いつか東洋から、日本から、サントリーホールから、美しいオペラを世界へ発信したい」と語っておられました。その開かれた文化観は、今もなお大きな示唆を与えてくれます。
オペラ『TEA ~茶は魂の鏡~』の創作と上演は、まさにそうした思いを受け継いだものです。しかし残念ながら、佐治氏は1999年に逝去され、この作品の初演をご覧になることはかないませんでした。その意味で、この作品は私たちから佐治敬三氏への一つの献辞でもあると考えています。
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