記者が機体に乗り込み、安全ベルトを締め、起動ボタンを押すと、複数のプロペラが回転を始めた。無人のまま飛行器は静かに上昇し、高度数十メートルに到達。旋回や巡航など、すべて設定されたルートに基づき自律飛行が行われた。
この機体は、中国のハイテク企業・億航智能(EHang)が開発した無人運航型の電動垂直離着陸(eVTOL)機「EH216-S」だ。最大航続距離は30km、最高時速は130km。都市中心部から郊外まで十数分で移動可能で、通勤を「地上から空中へ」と変えるポテンシャルを持つ。
「低空経済」の推進は政府活動報告に2年連続で盛り込まれており、業界では今が「離陸の瞬間」との見方が強い。その中心的存在と目されるのが、人を乗せて飛ぶ無人航空機、いわゆる「空のタクシー」である。交通渋滞の緩和、排出量削減、移動効率の向上に寄与し、未来の都市交通の一角を担うと期待される。
こうした技術がどこまで進展しているのかを探るべく、記者は広州市の億航智能本社を取材した。同社は無人型eVTOLの研究開発と製造を手掛ける企業である。
低空交通の議論で頻繁に登場するのが、UAM(都市空中交通)、AAV(自動運航型航空機)、eVTOL(電動垂直離着陸機)というワードだ。億航智能創業者で董事長兼CEOの胡華智氏は次のように説明する。
「UAMとは、eVTOLや無人機を用いた都市の立体交通システムです。特徴は垂直離着陸、低炭素性、地上交通を回避できる点で、旅客輸送のほか物流、医療、災害対応などにも活用できます」。
同社のEH216-Sは、世界で初めて乗客搭載型eVTOLとして、型式証明(TC)・生産許可証(PC)・適航証(AC)の3証を取得。さらに今年3月には、中国民用航空局(CAAC)が発行した初の無人旅客機運航事業許可(OC)も獲得した。
胡氏は開発時から「無人化」を選択したとし、その理由を技術的・運用的優位性と説明する。固定航路の運用でリスク管理が容易、気象への対応力も高く、運航コストも有人機より低い。将来的には地上要員の配置も最低限で済む完全無人運用体制を構築できるという。
EH216-Sは機体構造にも特徴があり、主翼がキャビンの下部に配置されている。これは軽量化と性能向上を目的とした設計で、機体重量の最適化により航続性能向上が期待できるという。バックアップ機能を備えた制御システム、耐衝撃性を高めた素材など、安全設計も重視されている。
「空の移動」は、都市内と都市間という2つの主要シーンで展開される。
都市内では「空飛ぶタクシー」としての活用が想定され、交通渋滞の解消と移動時間短縮に寄与する。EH216-Sはすでに世界21カ国で延べ8万回以上の試験飛行を行っており、観光飛行や物流、小規模医療搬送などにも応用されている。
10月には新型機「VT35」が発表された。固定翼を備えた複合型eVTOLで、中距離移動に適した設計。既存のEH216-Sの離着陸ポイントを共用できることから、都市中心部間を直接結ぶ都市間交通にも活用できる。
航空器が商業運航するためには複数の「認可証」が必要となる。EH216-Sは、型式証明(TC)、生産許可(PC)、標準適航証(AC)に加え、22年3月に国内初となる無人旅客機運航認証(OC)を取得し、「4証」すべてを揃えた世界初のeVTOLとなった。
胡氏は「ここに至るまで10年以上の開発と検証を重ねました。国家による政策面での支援と、民航局による飛行基準の整備が技術実装を可能にしたのです」と語った。
未来の朝、渋滞する道路ではなく「空中ルート」を移動する光景が当たり前になるかもしれない。eVTOLによる都市型低空交通は2次元から3次元の移動への転換であり、交通効率と空間利用の大幅な改善につながる。
胡氏は「ピーク時に『空飛ぶタクシー』の機数を増やすことで路上混雑の緩和も可能になる」とし、都市交通や生活様式の変化に期待を示した。
商業運航技術、政策認証、安全性の確保が段階的に進む中、中国の無人型eVTOLはすでに実用化段階に足を踏み入れている。空を移動空間として本格的に活用する社会は、想像上の未来ではなく、静かに現実へと迫りつつある。
億航智能が描く「都市上空を移動する日常」は、低空経済とモビリティ革命の幕開けを象徴する一歩といえよう。
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