アジアの眼〈92〉
「抽象と具象の間の道(DAO)」を自由に行き来する修業者
――中国アバンギャルドアートの第一人者 黄鋭

「アート・バーゼル・パリ2025」を訪れた翌日、10月23日の午後、パリ郊外にある黄鋭氏のアトリエに取材に出かけた。

コロナ禍を経て、5年ぶりに再訪するパリは、とても懐かしい街のような感じだ。自分にとって、コロナの後遺症と言えるのは、どこに行くにもついタクシーを使ってしまうことかも知れない。実は、アトリエ訪問前に雨のパリを傘も差さずにトボトボと散策していた。自分でも理由はわからないが、それで少し気が済んだような気がした。

コロナ禍の2021年9月25日から12月19日にかけて、UCCAユーレンス現代アート・センターでは、「抽象の道」という黄鋭氏の大型回顧展が開催された。館長フイリップ氏の言葉を借りると、「この展示会では、彼の40数年に渡る作家人生の中で、主に抽象シリーズにフォーカスした」とのことだ。初期の1978年や79年の「スターズ」の発起と同時に、彼は中国アバンギャルドの黎明期に重要な役割を果たしたと言える。中国美術館の外壁に23人の作家による作品150点を展示し、声明を出したことは中国現代アート史に残る出来事と言っても過言ではない。

セザンヌの作品を初めて見た時の衝撃を彼は取材中にこう語った。「抽象とか具象を離れて、セザンヌはまず線というか筆致で自分の言語をきちんと持っていた」。そこから学ぶことは多かったと、彼は回想する。初期の作品は、アトリエの壁に飾ってあり、「円明園」シリーズやキュービズムの影響を受けたかに見える早期の作品も、アトリエの壁面に並び、彼の若き日々の軌跡を如実に物語っている。

photo by Shun

1984年より日本の大阪に移住して暮らすようになると、「空間構造」と題する彼の重要な作品シリーズが誕生する。中国での「空間構造」の日本での延長線であり、中国のソーシャル・リアリズムを超えて、新たな形式の抽象表現を生み出した。中国がすごいスピードで都市化していく過程で起こる都市景観の変化を外側から客観的に観察し、可視化したとも言える。(グッゲンハイムのキュレーター・湯偉峰)

1980年代の中国社会は哲学書がベスト・セラーになり、アバンギャルド精神が盛んに現れ、現代詩人の北島らを生み出し、中国全土で芸術家グループが次々と誕生した時期でもある。その際に、「自己表現」が密かに作家たちの間で形成され始めていた。彼はそれを牽引した先駆者とも言える存在だ。

photo by sailan Zhou

彼の絵画実験の中で、いわゆる空間は、それ自体を表現するわけではなく、「虚」は「虚」であり、「虚」ではない。「空」は「空」であり、「空」でもない。「有」も「存在」も同様だ。中国の古典「易経」の「陰」と「陽」、そして老子の「道徳経」が彼の抽象絵画における「自己表現」の根底にある。

彼自身の言葉で言うと、「本当の意味の知覚とは、古今東西に共通する一種の束縛された『憂鬱』を描くことにある」。「中国にて」「四合院の春」「四合院の夏」「空間構造」シリーズ、そして「日本にて」では、日本家屋の障子紙を彷彿とさせるマルと四方を活用し、「易経」の中のさまざまな内容を一文字の作品タイトルにした。それは、中国の外に出て眺める「他者」としての「自己認識」の相対化とも言えるだろう。

One Line, Two Lines, Three Lines (One Line), 2020 (tryptic, oil on canvas) アトリエ提供

 

結界-墨漬ヴェルレーヌ詩集全集
45h x42x30cm,2025 アトリエ提供

1985年の「空間―天、人、地」では、ミニマリズムの色彩と形で進化し、「無題」シリーズでは墨を活用した抽象実験も行った。大阪府立現代美術センターで開催された「馬徳昇、黄鋭二人展」では、墨を使った抽象絵画シリーズ「無題」が多く展示され、大阪のセントラル・ギャラリーでの個展にも出品した。関西では当時、GUTAI(具体美術協会)の白髪一雄氏とも親交があり、作品をニ枚交換したことがあるという。もう一人のGUTAIメンバーである堀尾貞治氏とも交流していた。1986年、上田倉庫画廊で開催された「静粛」と書かれた日本の割烹の入口の暖簾のような展示会は、いま見ても新鮮で、カッコいい。

現在パリ郊外に移住した彼は、中国、日本を経てフランスで暮らし始めている。リニューアルに入る前のポンピドゥー・センターでの「スターズ」展、UCCAアート・センター798での大型回顧展、深圳の木星美術館での展覧会、そして上海の龍美術館での個展など、国際展への出品は絶えない。

彼をどのようなアーティストとして分類するのかは非常に難しい。ミニマルアートや幾何学的な構造の中に中国古典の精髄が深く宿っていると思えば、抽象絵画はまた自由だ。ミニマルな色彩の中には、朱雀門のような朱色が鮮明に見て取れ、それは北京の故宮や胡同の赤でもある。

黄氏は世界を自由に旅する修業者でありながら、その根底には生まれ育った北京がいまも力強く脈動している。

photo by Berenice

「詩人の壁」(1981年)、「故宮内宮」(1982年)、「空間構造」(1983年)、「四合院の物語」(1983年)、「空間」(1985年)、「墨写来信」(1990年)、「旗―紅」(2013年)、「空間―時間」(2017年)、「禅空間」(2018年)「石庭観月―竜安寺」(2020年)、「黒い半月」(2020年)、「撹乱の局面―天地」(2016―2022年)、「荒野―6月」(2013―2023年)「芸術―詩歌・音楽」(2023年)――これらの作品シリーズからも分かるように、彼の作品はさまざまな実験を絶え間なく続ける少年のようであり、また科学者のようでもある。炭とアクリルを混ぜ、さまざまな書籍を封じた作品シリーズがある。その封じられ、黒い炭の塊になり読めなくなった知識は、何を意味するのか。その上に糸で縛られた天然石が置かれているのは、また何を意味しているのか。90年代の抽象絵画は、一見、白髪一雄風にも見えるが、その画面に丸い穴、三角の穴、四角い穴が空いているのは実にカッコいい。一度観るだけでは理解しきれない彼の絵は、実に哲学的で深く、ずっと眺めていたくなる。

洪欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。