アジアの眼〈90〉
「青を懐かしみ、青に包まれ、私はこのまま青でいたい」
――韓国のアバンギャルドを牽引した彫刻家・画家 Shim Moon Seup

韓国のソウルで開催されるFriezeとKiafの期間中、Friezeのギャラリーブースで取材の約束をし、会場近くのカフェで韓国を代表する抽象絵画の巨匠Shim Moon Seup氏(以下、シム)を取材した。

photo by Jungwoo Lee

彼は慶尚南道の港街トンヨン(統営)市生まれで、美しい海は常に生活の一部であった。150の島々からなる故郷は彼の創作の原点である。

港町トンヨン育ちの少年は、韓国最高学府であるソウル大学美術学部に進学し、彫刻を学んだ。

韓国の美術は、第二次世界大戦後、急速に欧米的な美術理論を取り入れていった。それらは1950年代後半から60年代初頭の絵画を中心に発展し、「一次世代」「二次世代」に区分される。シムは70年代初めにAGグループを中心にアバンギャルドな作品を発表し、ソウル大学在学中の1970年に韓国美術展で受賞した。その後、大阪万博(Expo’70)の展示や1971年と1973年のパリ青年ビエンナーレへの出品を重ね、韓国国内で重要な地位を築くようになる。ちょうどその時期は、「もの派」の菅木志雄らがパリ青年ビエンナーレに出品していた時期と重なる。シムの作品には「もの派」の要素が色濃く見られ、初期には土、紙、鉄など素材の成り立ちを確認する「関係」シリーズを制作し、73年頃からは形態の構成を模索する「開放」シリーズへと展開、さらにその後は「木の神」と名づけられた、裂かれた木の形を利用して空間に配置するアニミステイックなシリーズへと転換する。

ソウル近郊にアトリエを構えていたシムは、その後およそ5年間のパリ滞在を経て、現在は故郷トンヨンにアトリエを移している。

彫刻家出身であるシムは、さまざまな表情の青を屈指したミニマルで冷たい抽象絵画を発表しはじめる。10年ほど描きため、100枚ほど完成した時点で発表し始めたという。

<ものから 水へ>展に展示されたテラコッタ作品 @アトリエ提供

1972年、シムは銀座の佐藤ギャラリーで個展を開催し、1977年の村松画廊を経て、1985年に東京画廊で個展を行う。当時、『美術手帖』での報道と東京での展示会開催は、韓国作家が世界とつながる大きな契機となったと言える。在日韓国人作家であり、もの派のメンバーでもあった李禹煥の役割は大きかったと、シムは回想する。パリ青年ビエンナーレでも、もの派のメンバーである菅木志雄と河口龍夫らと並んで、李健庸(Geunyong Lee)、李康昭(kangso Lee)、そしてシムが出品した。東京画廊の初代・山本氏の役割も大きく、1977年には「韓国現代美術の端面展」が東京セントラル美術館で開催された。1970年代のシムは、すでにパリ、サンパウロ、シドニー、ニューデリー、カンヌ、東京など、海外で発表の場を広げていた。韓国を代表し、世界で発信を続けている作家である。その中でも1977年に『美術手帖』で発表された朴栖埔、菅木志雄、高松次郎、中原佑介、そしてシムが参加したアート・トークでは、高松次郎が「韓国現代アートについては全然知らなかったが、とても高いレベルにある」と述べたらしい。

シムは取材時に三冊の本を手渡してくれた。一冊は作品集『自然を彫刻する』で、2017年に国立現代美術館で開催された個展のカタログだ。もう一冊は、評論集で、三冊目は詩集『島へ』だった。故郷トンヨンの海を題材にした抽象絵画が詩の間に収められ、詩画集になっている。

港町の美しい海は、韓国の歴史上有名な詩人を輩出してきた。彫刻家であり画家であるシムは、同時に詩人でもあるのだ。その気質が抽象絵画に風や波のような詩的な感覚を与え、彼独特の味わいを生み出している。

Shim moon seup_The presentation 172x260cm_2021 木の神@慶南道立美術館提供、2023

Shim moonseup_The presentation_182x260cm_2021 Acrylic on canvas@Gana Art Center 提供 2022

慶南道立美術館(GAM)で開催された大規模な回顧展は「シム・ムンサップ:時間の航海」と題し、1970年代から2000年代にかけての実験的作品から抽象絵画まで200点以上が展示された。シムにとっては、まるで故郷に提出した宿題のようにも思えるという。

彫刻と絵画は立体と平面と言うほどに異なるものと思われがちだが、彼の中では同じ表現だという。ただ、その中は物質性や時間性、そして海に対する心象風景が内包されている。抽象絵画における連続的で反復的な筆使いは海の叫び声であり、波の退潮と潮騒が海の生成と消滅を繰り返す輪廻の時間性を表現しているという。

国立現代美術館での個展開催に先立ち、まず故郷の美術館で大規模展示を開催するのが順当だとシムは語る。韓国国内二大美術館での展示、さらにペロタン香港、パリ、ニューヨークでの個展は、彼の国際舞台での活躍を物語っている。

photo by Jungwoo Lee

シムはフランス政府から勲章を受賞した。「色は自らの声を発し、キャンバスはその役割を果たし、作家は作家として存在するだけだ」という言葉に示されるように、彼は石や木、土といった自然素材をできる限りそのまま使用し、作家の介入を最小限にとどめることで、素材そのものの本質を自然に引き出す作業を試みている。シムの作品は、根源的な自然素材である「もの」に潜む、無限に循環する自然の摂理や秩序を映し出している。

彫刻から絵画、そしてアーカイブまで展示室に広がるシムの世界を、現場を見たわけではない私は目を閉じて想像する。そして、波と心臓の鼓動を感じた。

ベネチアでの大型個展や、故郷に建てられる個人美術館も楽しみだ。

洪欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。