世の中には、生まれながらにして成功を約束されているような人がいる。王淑慧は米国シリコンバレーで生まれ、父親はソフトウェアエンジニアだった。彼女は幼少の頃から、金銭に対して年齢不相応の独自の感覚をもっていた。寄宿舎生活をしていた小学生の頃、初めて自分の力でお金を稼いだ。彼女は当時、週200元の小遣いをもらっていた。ほかの子どもたちは皆、小遣いを手にするとすぐ売店へ駆け込み、あっという間に使い果たした。そこで彼女は、利息100%でお金を貸し始めた。本人によれば、その収入はわずか1カ月で担任教師の給料を上回ったという。
このエピソードからは、彼女が幼い頃から金銭感覚に優れ、資金の流れを敏感に捉えていたことがうかがえる。その感覚は、その後のビジネスにも生かされることになる。
恵まれた家庭環境に加え、自らの努力もあって、彼女はオバマやルーズベルトらが学んだ名門コロンビア大学に合格した。人生は順調に軌道に乗り、そのまま歩んでいけば、先には明るい未来が広がっていた。ところが彼女は、決められた軌道を歩むのではなく、広野を切り開いていくのが人生であり、絶えず新しいことに挑み、限界を突破してこそ、自分自身の進むべき方向と生きる意味を見出すことができると固く信じていた。
19歳で大学を休学し、ハリウッドにデザイン会社を設立した。取引先はいずれも世界の高級ブランドで、わずか2年で70万ドルの利益を上げた。
ところが、コロナ禍によって、それまで当たり前だった世界は一変し、アパレル業界も大打撃を受けた。株主には早々に出資金を返還することができたが、注文が激減すると、取引先は次々と離れ、会社は解体を余儀なくされた。全従業員に退職金を支払い、彼らの再就職にも手を尽くした。そして、200万ドルの負債だけが残った。
負債は多くの起業家が直面する最初の関門であり、スタートして間もなくそこでつまずき、そのまま再起できなくなる者も多い。しかし、王淑慧はその華奢な背筋をぴんと伸ばし「結果を自ら引き受ける覚悟を決めれば、年齢も性別も関係ない」と、自力で乗り越える覚悟を決めた。
初めての起業で苦い経験を味わった彼女は、コロンビア大学に復学し、学内でスキンケア商品を販売しながら、少しずつ借金を返済していった。彼女には今でも鮮明に記憶している光景がある。友人たちが図書館で、休暇にはどこへスキーに行こうかと話している傍らで、彼女は弁護士から届いた書類を一字一句読み返しながら、事業計画書を練り直していた。
かつて世界トップクラスの高級ブランドの広報部門と向き合っていた頃を思えば、キャンパスでスキンケア商品を販売することなど、取るに足らないことだったかもしれない。しかし彼女は、借金の返済に奔走した過去を決して隠そうとはしない。むしろ、この逆境を乗り越えたことで、どのような状況にあっても誇りを失わず、重大な局面で責任を担う力が養われたのである。
王淑慧の母親は、医術で人びとに尽くす名医であり、公益活動にも熱心だった。毎年、薬箱を背負い、標高3000~4000メートルのチベットの村々を徒歩で訪れ、牧畜民を無償で診療していた。そんな母親の姿を見て育った王淑慧も、医薬の道を志すようになった。
ビジネス感覚に秀でた彼女は、米国で広く普及し、安全性が確立されている多くの医薬品が、中東やアジアの市場にはまだ十分に流通していない一方、需要は日増しに高まっていることに着目した。そこで二度目の起業に挑み、Ezra Healthを設立した。彼女の卓越した実行力によって、Ezra Healthは、わずか1年で300万ドルを売り上げ、数千人の患者を病の苦しみから救った。彼女は語る。「私たちは市場で不足している医薬品に焦点を当てるだけでなく、販売ルートを開拓することで医薬品の価格を引き下げ、より多くの人びとが、手ごろな価格で質の高い医薬品を手にできるよう努めています」。
かつて王淑慧の母親は、希少疾患に苦しむ患者のために奔走していた。その患者は治療のために全財産を使い果たしたが、国内に有効な治療薬はなく、一家は絶望的な状況に追い込まれていた。事情を知った王淑慧は、迷うことなく支援に乗り出した。必要としていた薬は承認手続きが煩雑で、採算も取れないものだったが、人脈とリソースを駆使し、いくつもの障害を乗り越えて国内への導入を実現した。現在、患者の病状は落ち着いており、完治も時間の問題だという。
こうした一つひとつの支援や、患者から寄せられる数々の感謝の言葉が、Ezra Healthの使命を雄弁に物語っている。「ビジネスの真の価値は、単に利益をあげることではなく、いかに社会に貢献できるかにあります」と王淑慧は語る。
王淑慧にとって、母親のあの薬箱は、今も変わることのない原点である。彼女は一歩ずつビジネスの形を築き、国境を越えてさまざまなリソースを活用できるようになると、利益を生み出す仕組みをつくるだけでは満足せず、人の命を守るための取り組みを始めた。
バイオメディカルの分野で企業の成長を左右するのは、研究開発力と実用化に向けた仕組みである。Ezra Healthは国際的な専門知識を蓄積し、2025年、王淑慧のリーダーシップのもと、次なるステップに進んだ。研究拠点をマカオに置き、自社の研究開発部門と研究室を設立した。
マカオは世界と中国を結ぶ拠点であり、制度面における連携、地域間協力、産業政策、人材交流などに独自の強みを持つ。大中華圏において「研究開発―製品化―実用化」を進めようとする企業にとって、彼女のこの決断は戦略的先見性を備えた一手だったといえよう。
Ezra Healthは自主開発による抗がん研究を進め、その成果である『ピリミジン系シッフ塩基およびフェナントロリンを配位子とする高抗腫瘍活性銅錯体とその製造方法』について、このほど中国の特許を取得した。
実のところ、彼女は会社より先に研究室を設立している。当初、研究室は米マサチューセッツ州の小さな町に置かれ、北京から来た第一人者がチームを率いていた。研究は初期段階から順調に進み、次の段階に入ると価値ある実験データや一定の研究成果が得られるようになった。ところが、最も大事な局面で実験データが漏洩してしまった。もしも同業他社がこのデータを利用して先に研究成果を発表したり、研究を進めたりすれば、チームの研究が軌道に乗る前に競争から脱落してしまう恐れがあった。さらに深刻だったのは、中核を担っていた専門家が家庭の事情で研究室を去ることになったことだ。資金難、人員の変動、データセキュリティーの問題がほぼ同時に噴出し、起業以来、最大の窮地に立たされた。
この時、王淑慧は資源の配分と事業を取り巻く地域環境を改めて見直した。そして、マカオが医療研究やバイオメディカル分野への支援を強化していることに着目した。運営コストが高く規制が複雑化する米国と比較して、マカオは政策面での支援や資金援助、中国本土との連携など、事業を進めるうえで有利な環境が整っていた。「既存システムの脆弱性を是正するより、新たなシステム作りに取り組もう」――そう考えた彼女は、すぐにマカオへ飛び、現地の弁護士や商業不動産関係者、関連機関などと協議を重ねた。
『ピリミジン系シッフ塩基およびフェナントロリンを配位子とする高抗腫瘍活性銅錯体とその製造方法』の研究成果は、明確な技術開発のロードマップと確かな研究開発力、事業化の可能性から評価され、マカオ政府の研究助成金に採択された。これは同社の研究成果のみならず、バイオメディカル分野におけるイノベーションや国際共同研究、さらには地域産業への貢献が評価されたことを意味している。
マカオの研究センターが着実に発展を続ける中、王淑慧は、現代医学を補完し、中華文化を広く伝える中医薬の分野にも力を注ぎ始めた。彼女は、中医学と西洋医学の相互参照が大きく進む時代にあることを敏感に感じ取っていた。現代医学は、慢性疾患や代謝異常、免疫系の乱れ、さらには一部のウイルス性疾患に対して、治療法が限られていたり、副作用を伴ったりするなどの課題を抱えている。一方、中医学の、身体全体を診ながら一人ひとりに合わせて治療する考え方はこうした複雑な疾患に対して、異なるアプローチを提示している。また、中医学は予防医療やリハビリテーション、健康づくりの面でも独自の強みを有し、世界的に高齢化が進む中、医療資源の逼迫を和らげ、人びとの健康寿命の延伸にも寄与することが期待されている。
2025年、王淑慧は寧波に投資し、高血圧、高脂血症、高血糖、糖尿病、痛風などの生活習慣病や、人には相談しにくい婦人科系の疾患を専門とする高級養生型の中医医療機関である中医館「知行一」を設立した。「知行一」は、すべての治療について、医学検査報告書を判定基準とし、治療効果を客観的に評価している。
この中医館への投資をめぐっては異論もあったが、彼女は2000万元(約4億6100万円)の投資に踏み切った。景気が低迷する中、極めてリスクの高い決断と受け止められた。友人からも「クリニックをここまで立派にする必要はない。必要な機能さえ備わっていれば十分だ」と忠告を受けた。しかし、彼女の考えは一貫している。「環境も治療の一環なのです」。
認可手続きが遅れたことで、話がまとまっていた医師チームの間に動揺が広がった。彼女は認可取得に奔走しながら、チームをつなぎ止めておかなければならなかった。そこで、地域コミュニティで無料診療活動を始め、医師たちに診療の場を提供した。こうした取り組みによって、中医館は内装工事の段階にありながら、最初の支持者を獲得した。
「知行一」は、無形文化遺産・蜂療の継承者である王喜梅医師を特別に招聘した。王喜梅医師は、中国蜂療保健の礎を築き、その普及に努めた房柱教授の最後の弟子であり、20年以上にわたって蜂療の臨床理論と実践を体系的に学んだ。蜂療とは蜂毒を薬として用いる療法である。同館によると、蜂療は即効性のある鎮痛効果が特徴で、対症療法と根本治療の両面からアプローチし、即時鎮痛効果は80%を超えるという。また、クローン病、強直性脊椎炎、乾癬、痛風、不妊症など5000以上の症例で、治癒または顕著な改善が認められたとしており、多くの臨床データと典型症例の分析資料を蓄積している。
現在、王淑慧の指揮のもと、マカオが研究開発と特許を担い、寧波が臨床と健康管理を担っている。Ezra Healthが手がける国際的なバイオ医薬品研究開発と、無形文化遺産を継承する中医館「知行一」が連携し、予防、体調管理、慢性疾患管理、さらには重大疾患の研究までをカバーする総合的な健康医療体系を構築している。現代の科学研究によって生命の可能性を広げ、中医学によって生活の質を向上させることを目指している。
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