「春運」を通して見る中国

毎年めぐりくる中国の「春運」(春節の帰省ラッシュ)が幕を開けた。海外メディアが「世界最大規模の人口移動」と形容するこの現象は、単なる人の移動にとどまらない。そこには、中国人のアイデンティティ、文化・伝統、社会の変遷が折り重なっており、現代中国を読み解く一つの窓口となっている。

2026年2月2日午前0時01分、中国国鉄広州局のK4232次列車が、広州白雲駅を出発し、四川省達州へと向かった。今年、粤港澳大湾区(グレーターベイエリア)から出発した最初の春運列車である。

「果てしなく広がる宇宙に、故郷を慕う切ない思いが募る」。春節に故郷へ帰り、家族と団らんする中国人の風習は連綿と受け継がれてきたが、「春運」という言葉が新聞紙上に初めて登場したのは1954年のことであった。それから70年余、中国経済は急成長し、都市化は進み、「春運」の規模やあり方は絶えず変化してきた。

かつては徹夜で並んでチケットを求めた春運も、今ではオンラインで予約ができる。空調のない各駅停車の格安列車は、縦横に延びる高速鉄道や飛行機に取って代わり、年々、民間航空路線は年々その密度を増している。高速鉄道の走行距離は一気に世界一に飛躍し、道路網は広大な農村部にまで張り巡らされた。交通は発展の先行指標であり、「春運」における移動手段の変遷は、中国が駿馬のごとく発展を遂げてきた歩みを鮮明に映し出している。

しかし、「春運」の変化は単なる「高速化」にとどまらない。大涼山、武陵山、烏蒙山といった山間部の奥地では、数十年にわたり運賃が据え置かれ、家禽(肉・卵・羽毛などを利用するために飼育する鳥の総称)の持ち込みも許可され、鈍行列車は、いまなお故郷を離れて暮らす人びとの帰郷の足として、静かに運行を続けている。高齢者向けの専用電話予約サービスの新設、静音車両の大幅な増設、高速鉄道におけるペット託送の試験運用の拡大など、さまざまな利用者のニーズを踏まえた「民生第一」のサービスが広がっている。

帰郷の移動距離は変わらずとも、サービスは絶えず刷新されている。チケットの払い戻し、高速道路サービスエリアにおける充電設備の普及、顔認証による駅構内への入場、ビッグデータを活用した輸送力の配分、さらには陸・海・空を統合した総合気象観測システムの導入――。こうした技術と工夫の積み重ねが、交通サービスの高度化と、公共サービス全体の精緻化を押し進めている

「春運」における「家族団らん」の形も変化を見せている。2026年は、多くの都市が観光客誘致策を打ち出し、親が子どもの働く都市で春節を過ごす「逆帰省」の航空券予約が急増し、「家族旅行」が春節観光の主流となりつつある。一方向への移動から多方向の往来へ——―都市化の進展と消費行動の変化に伴い、中国人の家族団らんのあり方は、より開かれたものへと移り変わって来ている。大事なのは、どこに集うかではなく、誰と集うかなのだ。

1954年の延べ2300万人から2026年の延べ95億人へ。「春運」の規模は劇的に拡大しているが、激変したのは数字だけではない。

春節がユネスコ無形文化遺産に登録され、「China Travel」や「Becoming Chinese」といったキーワードが海外でトレンドとなる中、中国の春節は多くの外国人を引き寄せ、長期化する春節休暇は中国の海外旅行需要をも押し上げている。春節文化は、故郷と異郷を行き交う人びとの足取りの中で、そして中国と世界の往来の中で、新たな広がりを見せている。

当然、地域によっては、輸送力の逼迫やチケットの需給の不均衡といった現実的課題も残る。運輸の調整、緊急対応、資源配分、地域間連携などが求められ、関連政策の見直しも進められている。超巨大社会はいかに効率的なオペレーションを構築し、人道的配慮とのバランスを保つのか―——そに試行錯誤の中に、中国式システム、中国式統治の一端を見ることができる。

最古の漢字字典とされる『説文解字』には、「春は推なり」とある。万物が押し動かされ、芽吹き始めるとの意である。また、中国の哲学的概念において、「運」は、単なる往来の軌跡ではなく、循環してやむことのない天地の理の象徴であり、運命や時運とも深く結びついている。

こうして見ると、毎年の「春運」は、無数の家庭に新年の団らんをもたらし、中国の発展を支える活力となってきた。そして「春運」は、変化の中で伝統を受け継ぎ、流動する世界の中で成長を続ける中国の姿を世界に示している。